微妙に未来パロ/シンジがヤンデレに見えなくもない


ちゅ

 兄貴はとことん甘い。とにかく、甘いんだ。
「シンジ?」
 ゆっくりと兄貴が瞬く。俺と同じ紫色をした睫毛が揺れた。
 そう、兄貴は甘い。だから俺の行動を咎めない。むしろ自分が悪いと思うだろう。
(それならそれで好都合なのかもしれない)
(だって悩む間、兄貴の思考を俺が独占する)
 俺は再び兄貴の顔に顔を近づける。さっきは額に。今度は頬に。所詮キスというものをした。
 兄貴は案の定、困った顔をしている。兄貴は甘い。兄貴は俺を振り払えない。拒絶出来ない。我ながら卑怯だと思うが、どんな手を使ってでも兄貴を手に入れることを決心した俺に揺るぎはない。

 あれはいつのことだったか。俺が兄貴を好きになったのは一目惚れなどの劇的なものではなく、ゆっくりと毎日の生活の中で恋心が育っていった結果だ。そして、その恋心を自覚したのは旅に出てからだった。

 兄貴が居ないこと。それだけで俺の心はぽっかりと空白が付きまとった。最初は混乱した。ポケモンに八つ当たりのような特訓をさせた。そして、兄貴が連絡を寄越してきて、久しぶりに兄貴の顔を見た俺は確かに恋心を自覚した。ストンと、俺は今まで気がつかなかったことが不思議なほどに兄貴が恋愛感情で好きだと自覚した。

 それから、俺は旅をやめることはなかった。だが、代わりに連絡を頻繁にとるようにした。ポケモンを6体以上捕まえて、兄貴に管理してもらった。それらは全て兄貴が俺から離れない為の子どものような策略だった。もちろん無作為にポケモンを捕まえたわけではないが。とにかく、素直になれない俺は言葉だけで兄貴が縛れるとは思わなかった。

 それから数年して、俺は兄貴の育て屋に腰を落ち着けた。甘い兄貴は俺を追い出すことをせず、俺に仕事を与えた。正直、不特定多数の預かりもののポケモンと触れ合うことに向いているとは俺は思えず兄貴も思わなかったらしく、兄貴が外出時の見張りと、細々とした事務処理を頼んできた。俺は兄貴が俺を拒めないことに歓喜した。

 そして今。夜に俺はソファに座る兄貴にキスをしている。唇にはあえて触れず、額に頬に鼻に、耳に手首に。兄貴はずっと困った顔をして俺の名前を呼んでいる。拒まない、拒めない兄貴。甘くて愚かな兄貴。そこに漬け込む俺は最低だと罵られるべきなのだろう。だがそんなことはどうでもよかった。他人の評価など兄貴への恋心を自覚した時に気にすることをやめた。世間は俺を非難する。それが正常だ。男同士だし、そもそも血の繋がった兄弟だ。だが世間にしたら残念なことに、それについて考えることも諭されることも興味が失せている。大事なのは兄貴を手に入れることだ。
「シンジ…」
 兄貴の瞳は揺らいでいた。もう少し、もう少し。俺は無言で目尻にキスをした。ありもしない涙の味を感じた気がした。
(愛してる)
 兄貴の目を見るとそこに映る俺は微かに笑っていた。



ゆっくりと堕ちて
(焦らず、慌てず)
(俺は確実に兄貴を手に入れる)

- ナノ -