チリオモ/人間性と欠如


!念のためネタバレ注意です!


 敗北を喜ぶだけの人ではない。人間とはそういうものである。

「チリ、ここにいましたか」
 リーグの最上階。トップが挑戦者と戦うためだけのそこで、チリは外を眺めていた。
 オモダカは返事をしないチリの隣に立つ。景色はどこまでも続いている。広いな。風の中で、ふと、思う。
「こんなにも広い地方でしたか」
「……そうやな」
 チリが言う。
「総大将が負けることがあるだけはあるわ」
「広いから、ですか」
「そう、そんだけ人がおる。切磋琢磨するトレーナーがおる」
 それは、とオモダカは微笑む。
「素晴らしいことです」
 心の底から満足しきった声に、チリは静かに言う。
「アホか」
「ええっと」
 だってと、チリは言うのだ。
「悔しいやん。そんなの」
「……何がですか?」
「負けるのが」
 チリちゃんは悔しいで。そう言っている。オモダカはキョトンとしていた。
「悔しい、でしょうか」
「わからんやろ」
「はい。それだけ強いトレーナーがいる。素晴らしいことでしょう」
「どうだか。負けたら悔しい。勝ったら嬉しい。そのシンプルさが無いやん」
「私に、ですか」
「せやで」
 ううんとオモダカは考え込む。オモダカは自分はとてもシンプルだと思う。自分が思い描くパルデアの理想の世界、強いトレーナーたちがたくさんいる世界。それがどうして難解なのだろう。上に立つチャンピオンとして、当然のことではないか。
 チリが何もかも見抜いたように言った。
「全体主義」
 数度、オモダカはその言葉を頭の中で繰り返した。全体主義、本当に?
「そう、ですか?」
「十のために一を犠牲にする」
「犠牲なんて何もありませんよ」
「犠牲にしたやろ」
 チリの目が真っ直ぐにオモダカを見た。オモダカはただ、その目が綺麗だなと思った。光を浴びて、オモダカの黒曜の目とは違う、ルビーのような目が、素敵だと思う。オモダカは人の違いを愛おしく思う。
「わかりません」
 オモダカはストレートで、実力主義で、自己中心的で、何より、人の心がわからない。そんなことは当たり前だろう。人間なのだから。人間は人の心など分からない。永遠に、永久に。古来から、未来まで、ずっと。
「王様の素質あるんとちゃう?」
「ガラルの博士がそのような本を出していましたね」
「あっそ。知らんけど」
「拗ねましたか?」
「ホンマにヒトの心がわからんお人やね」
 そうじゃない。チリは言う。寒空の下、バトルコートが輝く。晴れ渡り、パルデアの鮮やかな太陽が総てを照らしていた。
「チリちゃんは勝ちたいわ」
 それが、どうして繰り返されるのか。オモダカにはわからなかった。

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