チリオモ/二人っきりピクニック


!念のためネタバレ注意です!


 これは いずこかの かたりべ でしょうか。

「チリ」
 ただそれだけで、呼び止められた。振り返ると、オモダカがいつもの、寸分の隙間もない、完璧な立ち姿で居た。
「なんや?」
 自分に余裕はあっただろうか。チリはやや不安になり、不機嫌になる。眉が寄った。ああ、まただ。子どもっぽい表情筋に嫌気がした。ずっとずっと、チリはこんなままだ。オモダカはずっと余裕があるのに。
「午後の予定を聞いても?」
「面接も無いし、特にあらへんよ」
「では、特訓に付き合っていただけませんか」
 とっくん。チリは瞬き、きょとんとした。彼女が言うには余りにも不恰好な言葉だった。

 そもそもでして。オモダカは言い訳のように言う。
「料理というものが身近ではなくて……」
「そう」
「学生時代になんとか身につけたのですが、最近チャンピオンたちに、ピクニックで交流するのはどうかと、言われまして」
「ん、で?」
「これ、作ったのですが、どうですか?」
 ピクニックの机の上、淀みない手つきで作られたサンドイッチがチリに差し出される。特にレシピを見たわけではないらしい。でも、何故だかおいしそうに見えた。
「毒味役なん?」
「毒になるようなものは入ってませんが……あ、チリは苦手なフレーバーなどがありましたか?」
「いや、特に無いわ。食べさせてくれるん?」
「どうぞ」
 すらりとした手が、サンドイッチを持っていた。震えを抑えて、受け取る。僅かに触れた手が熱い気がした。手袋越しだというのに。
 ぱりぱりとしたレタスと、柔らかなハム。玉ねぎの辛みがアクセントになっていた。口の中で、素朴ながらに愛おしい味がする。もしかしたら、オモダカのルーツの一つなのかもしれないと思うと、チリは上がる口角を抑えるのに必死になった。
「美味しいで」
「本当ですか?」
「何で嘘言わなあかんの?」
「あ、すみません。何せ、久しぶりに作ったので」
「不安になることあるんやな」
 トップでも、そんなことあるのか。そんなニュアンスに、オモダカはきちんと気がついた。気がつく人だから、気をつけなくちゃいけないのに。慌てて言葉を続けようとして、オモダカが先に言った。
「あります。だって、一番好きな人ですから」
 あなただから。そんな言葉に、チリは嬉しくなる。単純だ事。でも、いいだろう、別に。ああでも、オモダカにそのまま伝えるのは癪だった。
「……あっそ」
 チリが目を伏せると、オモダカは柔らかく微笑んでいた。

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