"あなた"の物語7/備忘録にして進化論/主人公についての諸々/おしまい!
ただ、彼を置いていくのが怖かった。とも、言えるほどに。
Another.7…ホップ
ホップは花束を買って道を進む。小さなハロンタウンの奥の奥、まどろみのもりを抜けて、英雄の眠っていた祭壇に辿り着く。そこには、ザシアンとザマゼンタが静かに座っていて、中央に、あの子が眠っている。
起こさないように、そっと毛布を掛け直して、ホップは花束を置いた。
ホップはこの子の名前を知らない。否、知ってはいる。でも、ホップと旅したこの子の、ほんとうの名前は知らなかった。
この子はホップの幼馴染のようなものだ。共にハロンタウンでウールーを追いかけて暮らしていた。その筈だった。うろ覚えの記憶に、思わず失笑が漏れる。仕方ないのだろう。これが、この子をただ一人にさせられない要因なのだから。
この子は何時だって全力だった。負けたことなど無かった。まっすぐに、ガラルを救って、ホップを救って、眠りについた。
いつしか、なにかを言いたそうにこちらを見ていたことがある。だけど、ホップは問えなかった。それは物語から逸れるからだ。ホップもまた、物語の歯車でしかなくて、それに甘んじていた。
恥じるべきことだろうか。だが、天命に従うことは悪いことだろうか。問おうにも、この子は目を覚まさない。
きっと、これから起きる日があっても、ホップはそれに立ち会えない。いつか起きて、歩いて、飛び去って、そのままだ。
ホップはきっと、研究所でソニアと語り合うのだ。あの子は今頃どうしているのだろうね、と。
それは悲しいことではない。だが、寂しいことではある。
──ガラルの時は進んだ。だが、もう止まってしまった。
得てして、物語とはそういうものだ。ホップは繰り返す。また来るからさ、いつか顔を見せてくれよ。
無邪気なほどに強かった。絶望するほどに、強かった。迷うほどに、強かった。
主人公だから。誰かから、そう言われた気がした。主人公だから、強くて、いつかいなくなる。
でも、ホップは知っている。
主人公はいつまでも主人公ではないのだ。
「いつか、おんなじになるよな」
ホップとこの子は同じになる。いつか、名前を与えられたキャラクターになる。その日が来たら、先輩として迎え入れよう。
ザシアンとザマゼンタの真っ直ぐな目に、ひらひらと手を振って、ホップはそっと聖地を後にした。
残された祭壇には、今日も花に埋もれた、主人公だったものが眠っている。