キバネズ/青薔薇3/妖精に気に入られるお話/おしまい!/捏造しかない
まだ朝だった。アラベスクタウンのビートとポプラの館にネズは駆け込む。起きたばかりらしいビートは、すぐにネズを奥に通し、深刻な顔で身代わりぬいぐるみの残骸を調べた。綿やハーブを一つ一つチェックしながら探ると、見つけたのは青い薔薇の花びらだった。それを見てすぐ、ぴんっとビートは思い当たったらしかった。
「自然界に青い薔薇はない……ということは」
その言葉に、ようやくネズも気がついた。まさかと、やはりと、様々な感情がこみ上げる。
「これは人為的なものだってことですか」
誰かが作為的に妖精の国を通してネズを呼んでいる。ビートの言葉に、ネズは立ち尽くした。
ああ、やっぱり。そんな言葉が頭を占めた。諦観のにおいがした。
・・・
「気が付かないのかい」
ナックルシティ。ポプラを前にキバナは首を傾げた。
「何がだ?」
「坊や(・・)、ドラゴンの使い手、天候の魔術師。その手の中には何がある?」
「何にもねえよ」
「いいや、そうさ。青い薔薇の、花束が部屋にあるんだろう」
「あ……」
キバナは目を見開いた。口元を手で抑え、よろめく。ぐるぐると視界が回る。胃から何かがせり上がってきた。嘔吐感と共に、ぶわりと咽せ返るような薔薇の香りが花を掠める。
妖精にとって、ドラゴンとは、近縁の仲間である。
ネズを攫おうとした犯人はキバナだったのだ。ただし、キバナは花束を買っただけ。それも、青い薔薇の花束を。ただ、ただ、その花束を何処で買ったのか、キバナの記憶に無い。
きっと、それこそが妖精の悪戯だった。
「どうすればいいんだ?!」
掴みかからんとばかりにポプラに詰め寄ると彼女は、何だいそりゃ簡単なことさと、ついと指を動かした。
「手放せばいいのさ。青い薔薇の花束をね」
そうして宣言するのさ。
「不可能を可能にするなど必要ないと、ね」
青薔薇の花言葉は知っているだろう、なんて。キバナは目の前が真っ暗になった気がした。
・・・
暗い。キバナの家は暗い。その中で、机の上の青い薔薇が輝いている。その花束を掴むと、ゴミ袋の上に置いて、言う。
「もう、これ以上ネズを欲しがらないから、奇跡なんて要らない」
宣言し、花束をゴミ袋に落とすと、キバナはぞっとするような悲しみを覚えた。ああ、これが哀愁か。愛しい彼の声が聞こえた気がした、これこそがネズの歌なのか。キバナは生まれて初めて、ネズの歌を真に理解できたような気がした。
・・・
ゆらゆらとチョンチーやキノコの光が揺れるアラベスクタウン。暖炉の部屋で立ち尽くしていたネズの前で、あれあれとビートのパートナー達が騒ぐ。失礼と、ネズの手をとってビートが目を閉じる。その手はもう透けてなどいなかった。
「どうやら、妖精の国への道が閉ざされたようです」
きっとポプラさんが何かしたんだ。ビートはほっと息を吐いた。ネズはそれに安心しながらも、どこか胸がつきんと傷んだ気がした。
心の柔いところを突かれるようなそれを、ネズは哀愁と呼ぶ。これはきっと、哀だった。ネズは瞼の裏に愛しい彼を浮かべた。会わなければ。一目散にアラベスクタウンを飛び出した。
・・・
ネズはスパイクタウンの自宅に戻った。机の上にはマリィの書き置きがあった。
その書き置きを読み終えた頃、キバナが来た。彼は、真っ先に頭を下げ、謝った。
恋人なのに、不安があって、そこにつけこまれたのだろうと。
ああやっぱり。ネズは心のどこかで分かっていた犯人たるキバナを思った。
恋人を不安にしたのはおれにも非がありますねと、言う。小さく丸まったキバナに、続けて声をかける。
「大好きですよ、キバナ」
「知ってる、知ってるけど、嬉しい。オレもすき」
「はい、そうですね」
特別にロイヤルミルクティーでも淹れてあげましょうかね。ネズはそう言って大きいのに小さいかのようなキバナを包み込むように一度抱きしめてから、キッチンに立ったのだった。ソファで待っていてくださいと、柔らかく告げて。
おしまい!
・・・
!おまけ!
【今回採用した花言葉】
かすみ草…innocence(純潔)
ササユリ(百合全般)…purity(純粋)
ラベンダー…devotion(献身的な愛)
青薔薇…attaining the impossible(不可能なことを成し遂げる)
【人物設定的なもの】
キバナさん…普段は妖精と縁が遠いのに、いざ妖精に好かれるとやばいことになりそうだなと思いました。
ネズさん…うっすらと犯人が分かりつつも、キバナさんなら身を預けてもいいかもしれないとか思ってしまった。あぶない。
マリィちゃん…真相を教えたら静かにキレそう。でもそれ以上にアニキが無事で良かったって泣いちゃう。
ビートくん…慣れないことはしたくない。
ポプラさん…弟子の成長が嬉しい。