キバ→ネズ/範囲内/捏造しかない/これは二次創作です/想定外の続きです


 バトルの約束をするべきである。キバナの決断は早かった。自分のオフを確認し、しっかり頭に記憶して、スパイクタウンに向かう。アポを取るべきだが、なんとキバナはネズと連絡先の交換すらしていなかったのだ。不覚である。

 スパイクタウンに着くと、シャッターを通って進む。今日はライブが無いのか、ひっそりと静かな町並みが続いた。
 町中で立っていたマリィに、ようと声をかけると、あれと彼女が振り返る。その傍らにはモルペコがキョトンとした顔で立っていた。
「キバナさん、どうしたと?」
「あー、アニキいるか?」
「アニキなら家にいると思うけど……」
 けど、と言葉を濁らせたマリィに、首を傾げれば、すぐに答えが返ってきた。
「アニキ、今作曲中やけん、しばらく一人にしてほしいーってマリィも外に出てきたの」
「え、まじか」
 それは邪魔できない。キバナが日を改めるべきかとウンウン唸る横で、マリィはそうだと手を叩いた。
「キバナさん、マリィとバトルしてみて」
「え、何で?」
「アニキ、耳が良いけん。もしかしたら中断して来てくれるかも」
「いや、邪魔しちゃ悪いだろ」
「自分から部屋から出てきたなら大丈夫。ちゃんとキリをつけないと出て来ないけん」
 で、どうかな。マリィが真っ直ぐにキバナを見上げる。その目に、キバナはなるほどと納得することにした。
「おまえも案外あくタイプ使いらしいな」
「しぇからしか」
 バトルフィールドはこっちとマリィの先導に続いて、キバナは駆け出した。

 マリィとのバトルはとても瑞々しく、僅かな甘さが残るものだった。やはり、ネズとは全く違うバトルスタイルに、ほうと息を吐く。勝ったのはキバナだったが、マリィはスッキリとした顔でモルペコの頭を撫でていた。

 コツコツと足音がして、振り返れば私服のネズがバトルフィールドに顔を出した。浅葱のような目がキバナをみた。どきりと、胸が高鳴った。
 気怠気な彼に、マリィが駆け寄る。
「アニキ! 作曲はどう?」
「区切りをつけてきましたよ。それより、どうしてキバナが?」
「キバナさん、アニキに話があるっていっとーと」
 そうなんですかとネズが顔を上げる。疲れの見える顔に、キバナはああうんと唸ってから、まずはと口にした。
「ネズ、なんか体調悪くね?」
「ああ、作曲中は飲まず食わずになりがちで」
「駄目だろ……ええと、まずは何か食うか?」
「構いませんけど、外に食べに行くよりウチにしません?」
「え、いいの?」
「いいも何も、おれが誘ってるんですよ」
「行く!」
 マリィはジムリーダーの仕事があるけん、アニキを任せたと、マリィはすたこらとポケモンセンターに向かった。残されたキバナは、元気だなあとマリィを見送ってから、こっちですとネズに導かれるままに家に向かったのだった。

 整然とした部屋だった。マリィと共に暮らしているらしく、数少ない装飾品として家族写真が飾られている。両親は何してんのと問えば、さあと首を傾げられた。彼はロイヤルミルクティーを作りながら語る。
「何をしてるかは知りませんが、週末になると帰ってきますよ」
「そうなのか」
「まあ、おれはもう子供じゃありませんし、マリィが大人になったら一人暮らしをする予定なんですけど」
「妹ちゃんが一番なんだな」
「当たり前でしょう。週末しか帰ってこない親に頼めると思います?」
「無理だな」
 でもさあと、ネズの細い腰を見る。内臓がいくつか欠けてそうなその腰に、うんとキバナは続けた。
「ネズは食生活をなんとかしないと一人暮らしは無理だな。倒れそう」
「そこまで言います?」
 はいどうぞとロイヤルミルクティーを渡される。ソファに座って飲むと、濃厚なミルクと紅茶の香りがした。
「で、何の用ですか」
 あ、そうだった。キバナはスマホロトムを呼び出した。
「連絡先の交換と、バトルの予約させてください!」
「……はい?」
 おまえ、その為だけにマリィとバトルしたんですかと呆れられたが、キバナとしては切実な願いだった。

 連絡先の交換を行い、バトルの日程を調整する。今度はシークレットには出来ないですねとぼやいたので、いっそ派手に宣伝するかと言えばノイジーですとそっぽを向かれた。
「おまえが宣伝すると人が集まり過ぎます」
「でもさあ」
「いっそナックルシティの野良のフィールドでゲリラ開催にします? おれの方のスタッフならゲリラ開催に慣れてますよ」
「なら、オレさまの方のスタッフも参加させてくれ。場数を踏んでもらうってことで」
「分かりました」
 というかゲリラ開催に慣れたスタッフとは。キバナが息を吐く。どうやらネズはジムリーダー時代に色々とスタッフを手こずらせたようだ。まあ、今も、なのだろうが。
「じゃあそろそろ飯でも作りますかね……キバナも食べます?」
「お、いいのか?」
「簡単なものしか作れませんけどね」
 そう言って、ネズが台所に立つ。その所帯じみた風景に、キバナはどことなく見てはいけないものを見た気がして目を逸らした。スマホロトムでSNSのチェックをすると、マリィが夕方のトーナメント戦に呼ばれたことがわかった。ぴりりと、ネズのスマホが振動する。おそらく、マリィからの連絡だろう。
「すみません、何かスマホ鳴りました?」
「おー、鳴ったぞ。ほいよ」
「ありがとうございます。マリィからですね……」
 夕方のかとネズは眉を寄せた。そしてぽちぽちとスマホを操作した。
「どうしたって?」
「いや、夕方のトーナメント戦に招待されたそうなので、帰りは暗くなっているでしょうからシュートシティで泊まってきなさいと」
「え、じゃあネズって、今日フリーなの?」
「まあそうなりますね」
「オレさまもお泊りしたい!」
「"も"って何ですか」
「着替えとか持ってくるからさあ!」
「そもそもおまえ、今日と明日はオフなんですか」
「オフじゃなかったらネズのところに来ねえって」
 なあなあだめか。ソファに座ったままそう見つめると、うっとネズは胸を抑えてから、わかりましたと応えた。
「昼を食べてから、一度解散で。おまえが家に用意を取りに帰る間に夕飯の買い出しをしてきますので」
「あ、なら飯代出すぜ!」
「じゃあ後でレシート見せますね」
 そうこうしていると、いつ間にかネズは昼飯のたまごカレートーストを作り上げていた。カレーはレトルトらしいが、とても美味かった。
 キバナは満足し、上機嫌でナックルシティに一時帰宅したのだった。


・・・


「いやまて、冷静に考えたら好きな人とお泊り会か?」
 自宅でハッと気がついたキバナは頭を抱えた。うっかりお泊りを強請ったが、断られると思っていた。いやまさかオーケーを出されるなんて。キバナはこんらんしていた。
「何着ればいいんだ……」
 ダサいとだけは思われたくない。そう考えているとぴりりとスマホロトムに電話が入った。ダンデだった。
「だ、ダンデー!!」
『わ、どうしたんだ』
 かくかくしかじかである。

『キバナはいつもお洒落だから大丈夫だろう』
 あっけらかんとした言い分に、だめだこいつなんのアドバイスもしてくれないとキバナは確信した。お洒落と褒めてくれたのは嬉しいが、今はそういう話ではない。
『本当に心配することは無いと思うが』
「で、でもよお」
『あまり気合いを入れると引かれるぞ』
「それは確かに」
 じゃあいつもよりちょっと上等なやつにしよう。ちょっとだけ。そう言って荷物をまとめていると、ダンデはこちらの連絡も話させてくれと苦笑した。
「え、何かあったのか?」
『実はネズとキバナで対談を書きたいと記者がぼやいていてな。そのうち話が行くと思うから心しておくといい』
「なん、だって……」
『最強のジムリーダーと現役引退を表明したあくタイプの天才との対談だと』
「え、オレさまやばくね? うまく話せるか?」
『主に恋愛感情とか大丈夫か? そもそも今回のお泊り会も理性とか大丈夫か?』
「大丈夫だ、たぶん」
『不安しかないな』
 ともかく、ネズに迷惑をかけないようになとダンデは通話を切った。ねえそれどういうことと、言いたいのに言わせなかった。元チャンピオンは引き時も心得ているらしい。
「兎も角、今はお泊り……」
 バトル談義とかできたらいいなとキバナはぼんやり思ったのだった。


・・・


 ネズの家に戻ると、ネズは買い出しから帰ってきていた。レシートを見せてもらって半額を渡すと、助かりますと返事された。
「では、おれは作曲の続きをしますので」
「え、オレさまほっとかれるの」
「締め切りが一週間後なんですよね……まあ、夕飯の支度までには切り上げる余裕はあるので。あと、おれが部屋に籠もっている間、タチフサグマ達と遊んでてください。それと、そこにジグザグマがいるんですけど、おまえのヌメラに会ってみたいとうずうずしてたので」
「え、あ、ハイ」
「では」
 そうしてネズは部屋に籠もった。

 流石にアーティスト活動の邪魔はできない。そろりとあたりを見回すと、タチフサグマやズルズキンなどのネズのポケモン達が思い思いに過ごしていた。
 その中で、とことことまだ幼いジグザグマが近寄ってきた。一先ず言われた通りにまだ育成中のヌメラを出せば、何やら意気投合してたいあたりごっこを始めた。
 ぽよよんとヌメラの肌が揺れる。赤ちゃんジグザグマのたいあたりごっこはこうかはないようだ。だが、ヌメラは楽しそうにたいあたりされている。小さい子と遊べるのが楽しいようだ。普段は自分ばかりが周囲より小さいからなあとキバナはほのぼのした。

 ボールやポケじゃらしで遊びつつ、スマホロトムで写真を撮ったりSNSを確認したりしていると、時間はあっという間に過ぎた。キバナがいくら恋するなんたらといえど、ポケモン好きには変わりない。今日もポケモンたちが最高に可愛かった。キバナは満足していた。

 夕方、ポケモン達とトーナメント戦の中継をテレビで見ているとネズが部屋から出てきた。なにやらやつれた様子のネズに、うんと考えてからキバナは両手を広げた。
「おつれさん」
「どーも」
 ぼすんとキバナの腕の中にネズが収まる。本当に入って来られるとは思わず、キバナはピシリと固まった。
「なかなか上手いこといかなくて、歌詞との組み合わせもありますし、おれ一人じゃどうにも。明日か明後日にでも顔見知りのギタリストに相談してみようと……ってどうしたんですか」
 顔真っ赤ですよと言われて、キバナは勘弁してくれと顔を手で覆った。
「自分が両手を広げた癖に」
「だって、まさか本当に来るとは思わないじゃん」
「認識が甘かったようですねえ」
 おれ、これでも結構おまえを気に入ってるんですよ。そう囁かれて、キバナはヒュッ息を呑んだ。背丈は普通より高い男だろうに、キバナの腕にすっぽり収まる体格のネズに見上げられて言われると、あまりにこうかはばつぐん過ぎた。
「ネズさん、オレさまで遊ばないでください」
「面白いやつですねえ」
「そういうところだってー!」
 まあ、夕飯を作りますかとネズはするりと立ち上がって台所に向かったのだった。

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