◎目は語る


雷くく

蝉が煩い夏の日だった。
目の前で馬の蹄(ひづめ)が土を踏む。残った跡は雨風に晒さられて、または新たに踏まれて、無くなる。それは少しばかり儚いようで、俺を感傷に浸らせる。

「兵助」

呼ばれて振り返ると雷蔵が立っていた。風鈴屋での用事は済んだらしく、その着物の胸元に微かな膨らみがあった。今回は指定された屋台で密書を受け取り持ち帰るという実習なのだ。無事に学園まで持ち帰れば二点。途中で紛失すれば零点。シビアなのかもしれないが、忍に失敗など許されないのだから当たり前のことだ。
俺は雷蔵と並んで歩く。俺はもう密書を受け取り、学園で担当の先生に密書を渡している。今は完全に雷蔵の付き添いだった。付き添ってはならないという決まりはない、ただし、手伝ってはならないのだけれど。

当たり障りのない会話をしながら歩く。学園まで少しある。妨害担当の忍たまの気配はしなかった。

「ねえ兵助」
「なんだ?」
「あのさ、明日は空いているんだろう」
「うん」

大きな任務のため、明日は休みをもらっていた。豆腐を作って休もうと思っていたので、雷蔵に聞かれて少しだけ疑問に思う。彼は何故そのようなことを聞くのだろうか。

「明日、僕と一緒に居てくれないかな」
「どうして?」

俺の問いに、雷蔵は困ったように笑った。茶屋の娘が注文を受け取りにぱたぱたと店先を走っていた。

「一緒に居たいんだ」

言葉に驚いて、雷蔵を見る。その瞳はわいわいがやがやと俺にだけに雄弁に語る。俺はその情報量に、くらりと目が眩んだような気がした。

「分かった」

俺の了承の返事に、雷蔵は笑ってありがとうと言ったのだった。
夏の日差しが傾こうとしていた。





目は語る
(それは、実に、雄弁であり)
(加えて、君を、引っ捕らえる)


05/25 02:31


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