◎アピール


綾くく

図書室で座学の宿題に必要な資料を閲覧していると、いつの間にか目の前に四年い組の綾部喜八郎が居た。俺は気配を感じなかったことに少しだけ驚く。奇人と言われていてもやはり四年生であり、い組の生徒なのだ。

「せんぱい」
「…図書室で喋るな」
「わかりました」

綾部は素直に頷くと、席を立って一冊の書物を持って戻ってきた。それは穴掘りばかりの綾部が到底興味を持ちそうな題名ではなかったが、綾部が懐からプリントを取り出したのを見て、宿題のために図書室に来たのかと納得した。

それからしばらく俺は資料を閲覧すると、席を立って自室に戻ることにした。閲覧していた書物は持ち出し禁止だったのだ。立ち上がると、綾部が俺をちらりと見て書物とプリントを片付けだした。宿題は途中に見えたのだが、いいのだろうか。

図書室を出て廊下を進むと、遅れて綾部が図書室から出る気配を感じた。そして早足で俺に近寄ってくる。

「せんぱい」
「どうしたんだ、綾部」
「いえ、とくに用はないのです」
「そうか」
「ただ、せんぱいと一緒にいたいのです」

だめですか、なんて聞いてくる綾部に、俺は歩みを止めてため息を吐く。つまり図書室へは俺を探して辿り着いたのだろう。いつの間にか俺は、この学園指折りの不思議ちゃんに懐かれたようだ。

「別にいいが。俺は自室で宿題をやるから構えないぞ」
「かまいません。ただ、一緒にいたいのです」

つまり俺の部屋にも付いてくるという意思に、俺は二度目のため息を飲み込む。幸せが逃げるとは信じていないが、あまり目の前でため息を吐くのはどうかと思うからだ。

「なら好きにするといい」
「ありがとうございます」

無表情だが何処か嬉しそうな綾部に、俺は三度目のため息を飲み込んだ。本当に、綾部喜八郎はいつ俺に懐いたのだろうか。





アピール
(はあ、豆腐が恋しくなってきた)



※久々知さんは自分も学園指折りの不思議ちゃんだと気がついていません。


05/25 02:29


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