◎弱虫の恋愛論


勘くく

ずっと見てた。兵助のことをずっと見ていたんだ。

入学式で一目惚れして、二年生で言葉を交わせて、三年でふざけ合えるようになって、四年で命を預けられるようになって、今、五年でどうなったのだろう。

(モヤモヤするや)

答えがほしくて、俺は勉強の手を止める。その学年で何があったかなんてその学年が終わらないと言えないことは分かっているから、答えが無いことは分かっていた。それでも答えがほしかった。それだけ俺は兵助が好きなのだ。

恋仲になりたいと思ったのは一目惚れしたその時から。それからだいぶ経ったけれど、俺の意思は変わらない。じゃあ、兵助はどうなのだろう。人の心なんて分からない。忍の卵として任務をこなしているうちに、それは俺の中で沈着していった疑心暗鬼に似たもの。人の心なんて分からない。

(でも、希望的推論ぐらいのべてもいいじゃない)

兵助に嫌われてはいない。むしろ好かれている方だろう。ただ、それが雷蔵達と並んだ線上にあるのか、別の線路を走っているのか、それは分からない。でもそこで希望が口に出せるのなら、兵助にとって俺は特別なんだと叫びたい。

(俺にとって兵助が特別であるように)

相思相愛なんて美しい関係になりたい。一方通行が醜悪だとは思わないけれど、一方通行が辛いことは確かだ。人の心は移ろう。だからこそ刹那的現在の安心がほしいのだ。

(すき、すきだよ兵助)

ぽたりと紙に墨が落ちた。ああ、もうこの紙は駄目だ。捨てなければ、勿体無い事をした。そうだ、恋仲になったら今度は捨てられることもあるのだろう。それに俺は耐えられない。だからといって移ろう心を引き止めていられるとも思えない。

そもそも告白をする勇気があるのかと言われれば、否と答える。もし拒否されたらと思うと寒気がした。少しでも危ない道は通りたくない。せめて、兵助が確実に俺が好きだと、告白を断らないと思えれば、告白することも出来るだろう。

(でもそんなこと分からない)

そう、分からないのだ。だから俺は告白しないし、希望的願望をだらだらと心の中で呟く。こんな俺はただの弱虫なのだろう。弱虫の尾浜勘右衛門。

(ああなんて、)

(滑稽なのだろう)

さて、いい加減勉強を再開しよう。どこまで進んだかな。





弱虫の恋愛論
(ああ、全然進んでないじゃないか)


05/25 02:29


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