◎いつか笑うために


風見+哀


 かじかむような本物のゆびさき。

 痛い。食い込んだ指先が、風見の肌を傷つける。灰原は彼の腕を掴んだまま、顔を上げない。
「灰原さん」
「ええ、わかっているわ」
 そっと手を離される。風見は赤く、血が滲んだ腕を気にすることなく、そっと彼女を包むように撫でた。
「ここにいる」
「そうね」
 でも、貴方ったら、死にそうだったのよ。灰原はそう笑って、声を震わせた。肩が揺れ、息が詰まり、ぼろりと涙が溢れる。
「貴方を大切に思っている人がどれだけいるのか」
「灰原さんだってそうだろう」
「ちがう、私よりも、貴方はずっと、ずっと貴方を愛する人たちがいる」
「それは違う。同じだけだ」
「そんなわけがないでしょう」
 灰原の小さな手が風見の頬を撫でた。柔らかく、白い手は、傷ひとつない。
「お願い、無茶はしないで。私はもう、誰も失いたくないの」
「……言うべき人が違うだろうに」
「貴方に言ってはいけない何てわけがない。貴方の仕事には危険が付き物だとしても、それでも越えてはならないラインがあるのよ」
「わかっている」
「分かっていないわ。何も、なにも……」
 そうして静かに泣いた灰原の背中を、風見はゆっくりとした調子でポンポンと叩いた。
「また、お茶をしに行こう」
 美味しいシフォンケーキの店を見つけたんだと言えば、貴方らしいわと灰原は涙声で告げた。


07/06 12:32
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