◎どこか似ているぼくらの話


哀+風見


 自分の隣に誰かがいること。それがとても恐ろしくて、怖くて、ほんの少し、愛おしい。

 灰原は外を歩いていた。学校から帰り、子供達に連れられて公園に行き、早めに帰宅するためにと先に帰路に着いた。
 夕方前の明るい町中を歩く。明るいといっても燦々と晴れた日ではない。薄い雲がかかった空、影のない昼間だった。

 何もないなと思う。灰原は小さく周囲を見回した。あるのは住宅が並んだ風景で、本当に何もない。腐り落ちる果実みたいに平和で、虚無すら覚える空気が鼻をかすめた。
 今、己の隣には誰もいない。自覚してしまうと、すとんと何かが心に落ちた。あまりに懐かしい気持ちだった。

「きみは」
 ふと顔を上げると、私服姿の風見がいた。紺色のポロシャツに、淡い色をした上着。しまったと気まずそうにしてから、口を開く。
「一人かな」
 灰原は風見を見た。人も仕事も、何も見えなかった。彼もまた、一人だった。
「ええ、そうよ」
 貴方もでしょうと言うと、風見は柔らかな目をして、困った顔をした。
「そうかもしれないな」
 正確に意図を汲んだ男に、灰原はするりと笑みを浮かべた。

 この人は案外一人を知っていて、何もない日々を知っていて、隣に誰かが立つ時間を知っている。

「悪くないわね」
 小さく呟いた言葉を、風見は聞き取れなかったらしい。どうしたのかと口を開く前に、灰原は続けた。
「喫茶店にでも行きましょう?」
 帰ったところで特に急ぎの用はない。そう伝えれば、風見はまた困ったような姿になった。
「できれば、知らない処に行こう」
「勿論よ」
 近くに何かあったかと携帯で検索をかける様子に、灰原はクスクスと笑ったのだった。


06/19 13:54
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