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 2020.04.11.Sat:21:54

kbnzドロライ企画様へ提出作品
お題:春
ジャンル:二次BL
CP:キバネズ
タイトル:染色
付記:マリィが独り立ちしています。
#kbnz_weeks


 命の春。常世の彼方。

 あ、と思う。パリン、グラスが割れた。お気に入りの赤の色ガラスが粉々になり、室内灯の光を反射してきらきらと輝く。

 時に、ガラスのイミテーションとは宝石よりも輝くものらしい。ネズはその虚勢のような華やかさが嫌いではなかった。どことなく、己に通ずるものがあるような気がして、むしろ好きなものだった。

 何はともあれ、落としてしまったガラスを拾おうと、手を伸ばす。その時、彼にしては珍しく、鋭い声がした。
「危ない! 割れたガラスを素手で触るなって!」
「ええ、そうですか?」
「いま、手袋持ってくるから、そこから動くなよ」
 いつもよりやや強い語調でキバナが言う。
 やがて、手袋と掃除機と模造紙と濡れたタオルを持ってきた。手袋をして大きなガラスを拾い、細かなガラスを掃除機で吸い取り、最後の目に見えない程に小さなガラスをタオルで拭き取って捨てた。
 勿体ないなとは思う。割れたガラスを、ネズは活用できないけれど。
「大きな音がしたから何かと思った」
「すみませんね」
「いや、手間とかは思ってないって。ただ、怪我が無くてよかった。無いよな?」
「ええ、おまえのお陰でひとつもありませんよ」
 ほらと、ネズが真っ白い手を見せると、キバナはジロジロと眺めてから、良しと満足そうに顔を上げた。
「割れたの、どれ?」
「マリィとお揃いのやつでした。もうマリィは居ませんけど」
「引っ越したもんな」
 どうせなら新調するか。そう提案するキバナに、おまえとおそろいですかとネズはやや不機嫌そうに言ってみせた。ところがキバナは、嫌ならいいよと引き下がる。そういうところが、優しくて嫌になる。キライになれないから、イヤになるのだ。
「似合うものを選んでくれるならいいですよ」
 とびっきりのを。そう口角だけを上げた笑みを向けると、いいだろ任せさせてくれよとキバナは拗ねたように口を尖らせた。
「春らしいものが出回ってるだろ」
「おや、ネットで買うんじゃないんですね」
「古書を見に、蚤の市に行きたくてさ。その時にでも。ネズも行くだろ?」
「レコードがあれば」
「嫌になるほど出てるな」
 じゃあ今度行くか。キバナは気分良さそうに言う。季節の変わり目の引っ越しシーズン、蚤の市にはたくさんの品が出回っていることだろう。
「マリィとお揃いほどに気に入るのはないだろうけど、そこそこ気に入るものを見つけようぜ」
 そこで"一番"と言わないのが、キバナらしかった。そこが好きだった。共感できるからこそ、同時に、苦手だった。

 ゴミ箱の中のガラスを思う。赤いガラスは血液に似ていた。あのガラスを通すと、すべての世界が生命力溢れるものに見えた。
「おまえの、」
「うん?」
「おまえの色がいいです」
 どうせなら、グラスを覗き込む時ぐらい、世界をキバナの色で染めてみたい。
「オレさまの色かあ」
 何色だろう、考えてみないとな。キバナは、そう、からからと笑った。



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