LOG

 2020.04.07.Tue:19:59

キバネズ一部分まとめ/twitter用です

・・・
キバネズ一部分1

〈前略〉
 嫌われる勇気はあまねくべく誰もが持つと思っていた。少なくとも、ネズはそうだった。
 原っぱに寝転がる男は、ネズに初めて嫌われる勇気を捨てさせた。
「なあ、見てみろよ。空が青いぜ」
 ネズの想い人たる男の、キバナは言う。
 その薄いブルーの目に、ネズはくたりと力を抜いた。
「おまえが、居てくれて良かったです」
 ワイルドエリアに二人きり、パートナーはやや離れたところでトレーナーを見守っていた。
〈後略〉


・・・
キバネズ一部分2


〈前略〉
 許されないことだと、わかっていた。キバナは光の人だった。ネズとは違うのだ。グラスは落ちた、割れた、粉々になって、中身のジュースが飛び散った。
 触れば血が出る。そこで、人となりが露見する。血潮は人の本性だ。わかっている。ネズは世界を知っている。キバナよりずっと、きっと、分かっている。
「おれはおまえがきらいです」
 だから、身も心も捨て去ってほしかった。
〈後略〉


・・・
キバネズ一部分3


〈前略〉
 誰かの一番になれることなんてほとんど無い。心とは移ろうものだ。だからこそ、ネズは歌える。
 哀愁のネズとはよく言ったものだ。愛を全肯定なんてできないネズによく似合っていた。
 権力とは何だ。幸福とはどこにある。おれとおまえは違う人間だ。ネズはただただ、否定した。それで良かった。そう在れば、きっとネズはブレなかった。
 心は移ろうものだ。だからこそ、ネズは歌えたのだ。分かっている、そんなことは分かりきっている。
 好きです。そう、歌う。全部が好きになってしまった己の、最後のあがきだった。
〈後略〉


・・・
キバネズ一部分4


〈前略〉
 何度でも夢を見た。何度でも失望した。ネズは町を復興できなかった。それだけが事実だった。
 なのにキバナは当たり前のように、ネズはすごいやつだよと笑う。それに嘲笑は含まれず、ただ柔らかな春の木漏れ日のようなにおいを帯びていた。
 どうしておまえはそんなに穏やかに居られるのでしょう。いつしか問うた。そんなの、ネズがいるからだ。嘘つきめ、そう言いたかったのに言葉に詰まった。
 胸が燃えるようで、目頭が痛かった。ひりひりと痛むのは、熱い水のせいだった。
「愛してるんだ」
 その言葉は誰ともなかった。
〈後略〉


・・・
キバネズ一部分5


〈前略〉
 信じられなかった。だからこそ、ネズは否定したかった。キバナは繰り返す。ネズだけが己を見てくれた。そんなの嘘だ。ネズ反論する。
「おまえを見てくれる人はたくさんいたでしょう」
 何を見誤っているんだ。おまえをおかしくさせたのは何だ。ドラゴンタイプの騎士様が、何を血迷っているんだ。
「お願いです、目を覚まして」
 ああ、これは悪夢だ。誰がキバナを壊したのか。無比の最強のジムリーダー様を、誰がここまで弄んだ。
「ネズ、だいすき」
 気狂いの、判然としない目に、ネズはしかと見つめ返した。
「必ず、助けますから」
〈後略〉


・・・
キバネズ一部分6


〈前略〉
 判然としない、夢幻のようだった。暗闇の中に、小さな窓の光が射し込む。光のたもとではキバナが静かに愛を告げる。ネズもまた、愛を告げた。この結婚式は決して法的効力は無く、ただ二人の愛を確かめるだけの行為だった。
 でも、それでも、キバナとネズを祝福してくれたパートナー達を尊重したかった。
「ねえ、キバナ」
 いっそ本当に式をあげましょうか。そんな囁きを、キバナは返す。
「今はまだ、オレたちの時じゃない」
 いつかもう少し、ガラルが落ち着いたら。その時に必ず結婚しよう、と。夢のような男は宣言した。
〈後略〉


・・・
キバネズ一部分7


〈前略〉
 満たされる。すべてがキバナで満たされてしまう。ネズは苦笑する。これでは、まるで歌えなくなりそうだ。そんな気持ちは、一瞬だけだろうに。
「またなんか暗いこと考えてる?」
 ネズはいつもそうだ。キバナは頬をふくらませる。可愛いなあ、いつも言われるそれをそのまま返す。
「おまえは本当に愛し方が上手だなと、いうだけです」
 不器用な己とは大違いだ。そう言うのに、キバナはネズの方こそだと主張した。
「ネズの方が愛し上手だよ」
 なあ、今度はどうやって甘やかしてくれるの。そんな問いに、ネズは大したことはしてませんとしか言えなかった。
〈後略〉


・・・
キバネズ一部分8


〈前略〉
 空から降る。ああ落ちた。客観視から浮かび上がる感想に、焦るキバナの声がする。
 気がつけばフライゴンの上に乗っていた。
「フライゴン、ありがとうございます……もちろん、キバナも」
「本当にな。すんごいびっくりした」
 心臓止まるかと思った。そんな声に、人はそうそう大事にならないんですよと笑ってみせた。いや、でも崖から落ちたのは正直なところ、もう駄目かと思ったのだが。
〈後略〉


・・・
キバネズ一部分9


〈前略〉
 知らないものは無いような気がしていた。しかし、どうにも世界はそう簡単には出来ていないらしい。ネズは考えた。目の前にはガラル最強のジムリーダーが頬を染めて告白の文句を唱えていた。あの、ガラルで一番有名で、ゴシップの絶えない、その実仕事に真っ当に向き合う男が、だ。
「あの、正気ですか?」
 思わず溢れた言葉は、あんまりにも酷いものだったけど、キバナはそんなことは気にならないのか、ぐわっとネズの手を掴んだ。
「ネズがいいんだ」
 ほんとの本当に、ネズがいい。そんな言葉に、ネズはこれはどうしたものかと舌を巻いたのだった。
 それもこれも、悪い気持ちにならないのが、問題だった。
〈後略〉


・・・
キバネズ一部分10


〈前略〉
 さみしいと言えなかった。ネズのこころを、キバナはうまく拾ってみせた。
「寂しいなら、オレさまがいるだろ?」
 どんなに一人で泣く夜でも、このキバナさまが居てみせる。そう胸を張る男に、子供っぽいと嘲笑ってみせたはずなのに、彼からは柔らかな目が向けられた。
 こころの裏を見られたようで、気まずい筈なのに、どうしても素直にはなれなかった。
 これぐらいで素直になれるなら、ネズはネズじゃなかっただろう。分かっているよ、ネズはぼやく。
「じゃあ、今晩にでも夜通しポケモン談義をしましょう」
 ダブルバトルに興味があるんですよね。そんな言葉に、任せろとキバナはトンと胸を叩いた。
 世は太平なり。そんな文句が浮かんだ。
〈後略〉


・・・
キバネズ一部分11


〈前略〉
 くたびれた喫茶店。タバコのにおいが染み付いたそこで、ネズは紅茶を飲む。店主のお手製のブレンドは気まぐれなのに、たまに飲みたくなる。
 連絡は一時間前。急に仕事が入ったキバナを待つのは苦ではなかった。自分のために駆け回る彼を思うと、大変、愉快な気持ちになる。性格が悪いとは幾らでも言うがいい。ただし、キバナの恋人はおれです。
 ネズは確かに愛されている。愛されていなくても、愛している。キバナの強いところも弱いところも知っている。これで舞い上がらない人間は居ないだろう。
 正直、キバナの一等が自分じゃなくとも良かった。彼がただ、ネズのために時間を割くのならそれだけで、笑ってしまいそうだった!
〈後略〉


・・・
キバネズ一部分12


〈前略〉
 ネズの指が好きだ。繊細な指先が、音を奏でるその瞬間に意識が集中する。ネズはいくつかの楽器を奏でることができる。ミュージシャンならこれぐらいはと言うが、キバナにとっては、驚くべきことだった。
 だって、キバナはひとつとで奏でることができない。昔、憧れからギターを手にしたこともあったが、すぐに挫折した。それよりも読書やバトルをする方が好きだった。
「それが天才というものですよ」
 ネズはそう言う。天賦の才、天より与えられしもの。ガラルに神はいないが、ねがいぼしは降ってくる。だから、その理屈はなんとなく肌で感じられた。
「おまえにはバトルの才が与えられたんです」
 誇りなさい。そんな声に、ネズだってとキバナは反論したかった。
〈後略〉


・・・
キバネズ一部分13


〈前略〉
 夏が近い。しっとりとした空気の中、ネズは敏感に感じ取った。
「夏になったら何がしたい?」
 そう問われて、ネズは答える。
「おまえとワイルドエリアに行きたいですね」
 キャンプです。そう笑えば、そんなのいつだってできるのにと言いつつも、キバナはキマリだなと満足そうだった。
「じゃあ、星空でも一緒に見ようぜ」
「泊りがけですか、いいですね」
 そんなの、新人トレーナーだった頃以来だ。
〈後略〉



- ナノ -