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 2020.03.28.Sat:21:36

kbnzドロライ企画様へ提出作品
お題:愛の形
ジャンル:二次BL
CP:キバネズ
タイトル:バベル
付記:夢の話です。
#kbnz_weeks


 XXを愛したXXを、辿る。


3.ミステリは反転する


 蜃気楼の塔の前に立つ。ゆらゆらと揺れる塔。人の声がしたが、言語は分からない。楽園に言語など要らないのだ。誰かにそんなことを教えてもらった気がする。
 自己とは何たるか。そこでようやく、己の手を見た。褐色肌の男。ハッとした。
 これは夢だ。

 一気に自我が明確になる。キバナはザッと顔を青ざめた。蜃気楼の塔に登った者は帰らない。それはネズの言っていた死の塔と特徴が合致していた。

 おまけにここは楽園だ。キバナは塔に背を向けて走る。歌が聞こえた。言語は分からない。だが、きっとこの歌はネズの歌声だ。確信を得て、キバナは走る。

 だがどういうわけか、蜃気楼の塔から離れれば離れるほど、塔はキバナに迫る。

 とうとう、塔の目の前にやって来た。歌声は必死に呼びかけている。キバナはもう振り返ることすら出来なかった。

「ごめん、ネズ」

 キバナは塔の扉に手をかけた。蜃気楼の塔はようやく、その姿を、自己を見極めたキバナに現した。

 それは崩壊する塔だった。降り注ぐ瓦礫をなんとか避ける。走れ! キバナは階段を駆け上がった。

 歌が聞こえる。必死に呼び止めようとする声に、キバナは叫んだ。
「応援してくれよ!」
 オマエの応援なら、きっと大丈夫。キバナは駆け上がる。歌は応援歌に変わっていた。

 もう少し、もう少しで天辺だ。
 だが、キバナははっと気がつく。オレはネズを置いて楽園から出ていくのか。迷いは、深淵を呼び起こす。キバナの足元が崩れた。高い高い塔から落ちていた。
 あ、死ぬ。キバナはそう思ったが、気がついた。
「フライゴン!」
 呼ぶと、何処からかフライゴンが現れた。キバナを背負い、ゆっくりと下降する。

 そのまま、歌声のある方向に行くように頼んだ。蜃気楼の塔へ登る者は後を絶たない。彼らは死の塔だと分かっているのだろうか。それよりも、塔の上は重要なのか。キバナには分からなかった。


・・・


「ネズッ!!」
 起き上がる。早朝だった。いつもより早い目覚めに、キバナはバタバタと出かける支度をして、ジュラルドンと移動用のフライゴンだけ連れて家を飛び出した。

 フライゴンに乗ってスパイクタウンに着くと、シャッター前で飛び出してきたマリィとぶつかりそうになった。慌てるマリィに、キバナはどうしたんだと声をかけた。
「アニキが、アニキが目覚めなくなったと!」
「っはあ?!」
 ああ、マリィは崩れ落ちそうになりながらも、足に力を込めた。
「前から睡眠時間が増えてっていて、ナックルの総合病院にかかってて……」
「でもまだ早朝だぞ」
「アニキならもう起きてる筈」
 どうして。マリィはきゅっと手を握りしめた。キバナは真逆と考える。

 キバナは夢を覚えていたのだ。


・・・


 夢の中の楽園を、駆け回る。キバナはジュラルドンと一緒だった。
 歌声は流れたままだ。言語は分からない。だが、悲痛な歌声に胸が締め付けられる。楽園にふさわしくない歌声は、外部の人間たるネズが原因だと思わせた。
 ネズの言う死の塔から戻ってきたのだと、ネズに知らせる必要があった。歌声を頼りに走り回る。ジュラルドンも果敢に走り回ってくれた。

 歌声は森の中だった。大樹と一体化したネズがいた。下半身は木の幹に、残された上半身で歌を歌う。彼の目は生々しい傷になっていて、視力が失われたことを意味していた。
 キバナはそのネズの頬に触れた。ふつり、歌声が止まる。手が、手に重ねられた。不器用に撫でられて、キバナは応えた。
「オレだよ、ネズ」
「……xxx」
 言語は分からなかった。ただ、ネズはキバナのことを認識した。

 瞬間、夢が、楽園から落とされる。それで良かった。キバナはジュラルドンに大樹のネズを抱きかかえてもらって、二人と一体で落ちていく。
「目が覚めたら聞きたいことがあるんだ」
 今、夢の中でなら、聞こえていなくとも、よかった。ただ、キバナには聞きたいことがあったのだ。


・・・


 目覚める。キバナはネズの寝室でうたた寝をしていたようだ。うっすらと、ネズが目を開く。あ、と掠れた声が静かな寝室に響いた。
「なあ、ネズ」
 オレ、聞きたいことがあるんだ。
「どうして、そうまでして、オレを止めようとしてくれたんだ」
 ネズは目を細めている。眩しいものを見るように、キバナを見上げていた。
「おまえを、」
「うん」
「喪いたくなかった」
 それだけです。ネズはそう言って、ゆっくりと伸びをして、起き上がった。さらり、揺れた長い髪をキバナが掻きあげて、顔と顔を見合わせた。
「オレも、ネズを喪いたくなかった」
 おんなじだ。キバナが笑みを浮かべると、ネズもまた、へらと笑ったのだった。



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