LOG

 2016.08.26.Fri:23:32

第108回フリーワンライ企画様へ提出作品
使用お題:その手は/コップ一杯の感情/遠い日の思い出で生きる/道端にさく雑草/遮る
ジャンル:二次BL
CP:燭獅子
タイトル:手を望む
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
短いです。


 その手はどこへ伸ばされていたのか。
 夏、暑い日、出陣組が出払い、内番組が忙しく働く昼間のこと。厨で一人、氷の入ったコップへと麦茶を注いだ。
 それを見つめて、ふと、考える。例えば、コップ一杯の感情があるとして。そこには何があるだろう。たかがコップ一杯とはいえ、感情とは多いものだからコップの中身には複数のパターンがあると思われる。僕の心の上澄みを掬えば、そこにはみんなの世話を焼く毎日への楽しさとか、近侍を務める時の責任感とかがあるだろう。心の奥底を掬えば、かつての主との記憶や、刀であるということの根幹を成す為の記憶があることだろう。ならば、心の真ん中を掬った時、そこには何があるのだろうか。
 お茶をくれと刀剣男士が入ってくる。そこには、風呂場掃除担当の獅子王君が居て、髪を結い上げてうなじを晒しながら暑いと呟いていた。僕が了承の返事をして新しいコップへ麦茶を注いでいる間に、獅子王君はジャージの裾を捲り直して椅子へと座った。気温が30度越えたから、もうこれは猛暑だと、手でパタパタと顔に風を送りながら彼は言った。僕はコップを差し出しながら、だったら厨じゃなくてもっと涼しい処へ行っておいでと笑うと、どこでも一緒だろと彼はコップを傾けた。からり、氷と硝子がぶつかる音。そのなめらかな喉の動きに、目がいった。
 この本丸では、獅子王君に縁のある刀が少ない。だから色んな人と仲良くしようと彼は努力している。でもそれが軽々しくないのは、彼の根底にじっちゃんとの記憶があるからだと僕らは考えていた。じっちゃんが、じっちゃんと。元気よく語る彼のじっちゃんはここに居ない。遠い昔の人間であるその人、その思い出の中の人物に相応しいようにというのが獅子王君の行動の原点だ。起点でもいいだろう。彼にとって、じっちゃんは生きる道標なのだ。そりゃ、僕だってかつての人を思うことはあるが、彼ほど極端ではないと思う。でもだからと言って危うく見えたりしないのは、きっと彼が明るいからだろう。まるでお日様みたいに明るい彼は、たとえ夜の中でも輝きを失わないかのようで、危ういとか病的だとかとはかけ離れて見えた。

 思考の海に沈んでいると、獅子王君が飲み干したコップを机に置いた。こつり、珍しく音を立てて物を置いた彼に驚いてそちらを見ると僕の思考を遮るかのように口を開いた。
「道端に雑草がある」
 僕をまっすぐに見上げるから、僕の目ときみの刃色の目が重なった。
「人があんまり通らないところで根を張って、根さえあれば踏まれたって生き残る」
 しぶとくて、根性がある。獅子王君がスッと目を細めてにこりと笑う。
「でもな、雑草にも花があるんだ」
 彼らは未来を見据えるのだと、彼は笑った。今を生きることだけではない。未来を見通して、種子を残す。残した種子は地面へと落ち、また根を張る。
 そういうことだって獅子王君は笑っていた。クスクスと楽しそうに笑うから、僕もまた釣られて笑う。

 きっと、彼に見透かされたのだろう。それでも構わないと思えたのは、僕の心の真ん中に潜む感情からだ。不快じゃなかった。むしろ、もっと見せてもいいとすら思った。夏の暑い日。お日様の独壇場かのような真昼間。きみは麦茶のお代わりを欲して、コップを持ち上げた。僕はそのコップに麦茶を注ぎながら、きみのその手で僕の心の真ん中を掬ってやくれないだろうかと望んだ。
 そう、その手を僕へと伸ばしてほしいのだ、と。



- ナノ -