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 2016.03.25.Fri:23:30

第89回フリーワンライ企画様へ提出作品『彼の人を想うひと』
使用お題:雨と波/星が瞬く間に/秘密主義/くるくるの原理/想いの残滓を飲み込んで
ジャンル:二次BL
CP:膝獅子
タイトル:彼の人を想うひと
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
彼の人が此方に居るひとと彼方に居るひとの話。
全体的に妄想、捏造。短い上にCP色が薄いです。


 波打ち際、際の際。
 春の日、雨の夜。獅子王は海に行こうと言った。危ないぞと言えば、膝丸がいるなら大丈夫と笑った。
 小雨が降る夜の海。暗い海はじわりと染みる墨のような恐ろしさを感じさせた。その真っ暗な海に向かって獅子王は歩き、履物を脱いだかと思うと波打ち際に素足を置いた。冷たい。そんな事を言う。当たり前だろう、そう伝えれば、それはそうなんだけどと、獅子王は笑いを含んで応えた。
 星が空で瞬いている。月は沈み、星々の輝く時間だった。こんな夜に海に出向くなんて正気とは思えないと改めて考える。夜は境目が見えない時間だ。海に落ちたりでもしたらどうするのか。
「その時は、膝丸が引っ張ってくれるだろ。」
 だから怖くなんてないと笑うので、嘘だと直感した。夜の中に浮かぶ金色は滲まない。夜の闇にこの刀は滲むことが出来ないのだ。例えば渦に彼がいるとしても、それは中心だ。目の中にいるような男でしか、成り得ない。そんな印象を俺は持っていた。
 そこで落ちたら楽なのだろうか。巻き込まれたら楽なのだろうか。その答えを思いつくには、俺たちは感情を持って日が浅い。
 遠い海には煌めく星の光がうつり、波打ち際には白い泡が立つ。華奢で白い足を獅子王はその間際で遊ばせる。一歩近づき、一歩下がる。上げて、落として音を立てる。ぱしゃ、ぱしゃ。波の音に異音が混ざった。
「膝丸は髭切が大好きだから。」
 唐突な言葉に眉を寄せた。兄者のことは確かに好きだろう。近い刀なのだから、それは恐らく当然だろう。なのに何故だか、彼の言葉には別の物が含まれている気がした。
 答えが分からなくて、黙る。先を言えと無言で訴えたが、獅子王は語らない。ぱしゃ、ばしゃ。音を立てて遊び、二歩進んで、二歩戻る。彼の戦装束がひらひらと揺れた。黒い着物は金色で縁取られ、彼の美しい拵えと気高い意志を感じさせる。その筈なのに、今夜はどうも不確かに見えた。ある筈なのに、無いような、まるで、何かに似ている。夢ではない、幻ではない、これは何なのか。
 うっすらと背筋が冷えていく。彼は三歩、進み寄った。
「秘密だって必要だろ。」
 振り返って告げられたその言い分は、やけに断片的な言葉だった。会話が成立していないし、文脈もめちゃくちゃだ。獅子王の中できちんと繋がっているのかも定かではないと感じた。おそらく、彼の中で幾つかの会話が同時に進んでいる。そう思いついたら、何だか頭が冷えていく気がした。

 星空の下、夜の海。獅子王は混ざれない。金色をその身に宿すからだろう。彼は堕ちないのだ。
 でも彼はもしかしたら、心のどこかで巻き込まれたって良いと思っているのかもしれない。巻き込まれて、流されて、いつか敬愛するかつての主の元に行ってもいいと思っているのかもしれない。本当の心なんぞ、ヒトガタになって日の浅い俺には分からないが、それにしては俺たち刀剣男士は持て余す程に人に似た感情を得てしまった。その結果が、今の瞬間なのかもしれない。それこそ、長く在った俺たちには星が瞬くような一瞬でしかないのに、今夜は何て恐ろしい夜なのだろう。

 人は、水のように流れ落ちることが簡単だ。ならば刀はどうだろう。長い記憶を持って、今更感情を得た刀はどうなのだろう。
「俺たちは幸せだよな! 」
 明るく笑い、放った言葉は、嘘だと思った。ああ幸せさ。誰よりも、きっと何よりも。だって比較対象が人間と、それを模した刀たちしかいないんだ。感情を持て余している俺たちは、その結論しか出せないんだ。知識だけの“にせもの”なのだから。

 言いたいことは山ほどあった。語りたいことは幾らでもあった。でもそれらをさらけ出すのは良くないのだろう。円滑な関係性を保つ為には言わなくてもいいことがあるし、持て余す感情が良好な関係を保つ為には言う必要が無い思考を生み出すことだってある、という事だろう。
 だから全部全部、鍋の底まで飲み込んで、俺は手を差し伸べた。
「帰るぞ。」
 ここは寒いと伝えれば、獅子王は刃色の目を丸くしてから、太陽のような笑みを見せ、手を伸ばした。両手で俺の手を掴み、言う。
「膝丸はあったかいな。」
 変なの何て笑って言って、手を絡めた。その行為によってそこには僅かなぬくもりと、か細い縁(えにし)が生まれたような、そんな様な気がした。



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