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 2016.01.29.Fri:23:18

じじしし版深夜の創作60分一本勝負【小説】
使用お題:ただいま
タイトル:24時間遠征
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 冬の雨の日。
 今日は冷たい雨が降っている。門がよく見える場所で遠征部隊の帰還を待っていれば、小夜が近寄ってきた。宗三兄さんを待っているという小夜はその手に飴の詰まった瓶を持っていた。彩り鮮やかなそれを見て、どうしたのかと聞くとどうやら宗三にあげるのだという。
「疲れたら、甘いもの、だって。」
 小さな飴の瓶をしっかりと持ってそう言った小夜に、微笑ましくなってきっと喜ぶぜと優しく伝えた。
 二人で黙って門を見つめているとしばらく経った。雨が降る外は寒そうだと感じて腕をさすった時に、後ろにあった部屋の戸が開いて近侍の一期が静かに出てきた。すぐそばに居た俺たちを見ると全て分かった様子で、帰ってきたようですよと微笑んだ。門を見ればゆっくりと戸が開き始めていた。
 傘を片手に外へと降りて我慢できずに駆け出せば、隣をするりと小夜が走り抜けた。片手に飴の瓶を持ち、もう片手には大きな傘を持って走るその姿は危なっかしいけれど止める気にはならなかった。気持ちが分かったような気がしたからだ。

 門が完全に開いた頃には門の前までたどり着いていて、そこから見えた門の外には待っていた刀がいた。
「三日月! 」
 おお獅子王か、そう笑った三日月はとびきり優しく笑ってくれた。
 駆け寄って傘を差し出すと体の力がふっと抜けた。何とか状態を保って微笑みを返していると隊長の石切丸が主に報告へと向かい、宗三が小夜を抱き上げて抱きしめている様子が見えた。他の刀と共に微笑ましいなと彼らを見つめていたら、三日月が抱っこがいいのかなんて不思議そうに言うのでそうじゃないと返した。そのやり取りのおかげでちょっとだけ体に力が戻ってきた。
 疲れているだろう三日月の手を引いて歩く。風呂の前まで連れて行くと着替えを持ってくるからと伝えて押し込んだ。あいわかったと彼は嬉しそうにしていた。
 三日月の部屋で着替えの服を揃えると息を吐く。怪我がなくてよかった、無事でよかったと震える手をさする。今日の遠征はいつもとは違う新たな場所で、念のためにと練度の高い刀が選ばれて出かけたのだ。
「よかった……。」
 そう呟くと、何とも無くて本当に良かったと震える体を抱きしめてなるべく早く落ち着くようにする。深呼吸をすればだいぶ落ち着いたので急いで風呂へと向かった。脱衣所に入ると三日月が分かるように気をつけて着替えやタオルを置いた。

 三日月の部屋で待っていようと彼の部屋に向かう途中で小夜に会った。まだ風呂に入っていないらしい宗三にぎゅうぎゅうと抱きしめられている小夜は特に迷惑そうではなく、むしろ満足そうに飴の瓶を差し出された。宗三兄さんはもう食べたからと言う瓶を受け取れば、半分ほども減っていた。だからちらりと宗三を見て、噛んで食べると薬研がうるさいぞと伝えると、んんとよく分からない返事が返ってきた。余程疲れたんだなとそっとしておくことにし、礼を言って飴の瓶を大事に持って再び三日月の部屋へと向かった。

 三日月の部屋の中で飴玉の瓶を見つめる。雨の降る外へと向ければ、雲から透けるうっすらとした太陽光で淑やかに輝いた。
 雨の音と飴玉の色で気を紛らわしながら、疲れているであろう三日月を待つ。あの宗三があんな様子なのだから三日月もとても疲れているのだろうと思ったのだ。見た限り怪我は無いようだったけれど、最初に向けてくれたのは優しい笑顔だったけれど、不安だった。

 とんとんと足音がしてひらりと青い部屋着が見える。そちらへと顔を向ければ、優しい微笑みを浮かべた美しい刀がいた。
 獅子王、と優しい声がする。彼は部屋に入ってきて、座り込んでいる俺を抱きしめた。飴の瓶を何とか畳の上に置いて、優しい腕の中で自分の腕を動かして彼の背中へと腕を回す。額を彼の肩辺りにすり寄せて、良かったと囁くように呟けば彼が息を飲んだ気配がした。途端に腕の力が強くなり、ぎりぎりと体が締め付けられる。痛いのに、こんなにも力が込められるなら本当に彼は無事だったのだと見当違いな事を思って視界が滲んだ。
「獅子王、獅子王……。」
「みかづき、良かった、ほんとに、無事でよかった。」
 俺は何度も何度も小さな声で繰り返し、三日月は静かに俺の名前を繰り返した。
 しばらく経つとお互いの声が消えた。だけれど、短時間で耳に染み付いた三日月の俺を呼ぶ声が頭の中をぐるぐると回っていて、クラクラと目眩がした。体を離した三日月が、微笑む。その笑顔は優しいだけじゃなくて、遠征の疲れが見てとれた。
「お疲れ、三日月。」
「疲れてはないぞ。」
「そんなわけないだろ。」
「本当なのだが。」
 じゃあその顔は何だよと頬をむにと触れば、彼の手が添えられた。しかも三日月が目を伏せていたから、驚いて固まると彼は囁く。
「獅子王に会えなかったからな。」
 お前の言うその顔とはそういうことだろう、と。そうして開いた彼の目に浮かぶ三日月がどこか溶けているように見えたから、その目元に手を寄せた。しとり、わずかに指先が濡れる。
「雨のせいだ。」
 そう言った彼に嘘つきなんて言えなくて、その強がりに寄り添うことにした。
「おかえり、三日月。」
「嗚呼、ただいま。」
 雨は冷たかったと彼は微笑んだ。



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