LOG

 2016.01.25.Mon:01:10

第25回フリーワンライ企画様へ提出作品
使用お題:金木犀/落ち葉
ジャンル:オリジナル
タイトル:幸福な一人
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
あの頃の僕は今よりずっと幸福であり、不幸であった。


 日の下、忘れられない思い出がある。
 それは小学生の頃、昼休みの半ば頃だろうか。人の少ない廊下を歩き、外に出た。いつも昼休みは図書室に通う僕がなぜのその日は外に出たのか覚えていないが、おそらく遊びに誘ってくれた友だちを断ったのだろうとは思う。そう、僕はその時一人きりだったのだ。人のいない校舎の出入り口。遠くから聞こえる、運動場で遊ぶ皆の声。百葉箱の横を通り過ぎて、僕は体育館の裏に向かった。どうしてそこに向かったのかも僕は覚えていないが、もしかしたら用事なんて無かったのかもしれない。でも僕はそこからのことをよく覚えている。
 体育館の角、曲がり道、錆びた物置き場の金網の隣。日がさんさんと降り注ぐそこに大きな金木犀の木があった。ちらほらと咲く小さなオレンジ色は風の仕業なのか、殆どが地面に落ちていた。オレンジ色の絨毯のようなそこに近づけば噎せ返るような花の香りとお日様の暖かな日差し。僕はその瞬間、感じた事がないほどの充実感を体験した。
 今、僕は小学校に入れる年齢ではない。大人になってしまった僕は沢山の経験をした。だからもうあの光景を見てもあの充実感は得られないのだろう。落ち葉を踏みしめるその音にも無邪気に感動出来ないのだから、そうに違いないのだ。
 でもとふと考える。もう一度あの幻想的な場所で、あの充実感を感じられたとしたら。僕はきっと泣いてしまうのだろう。あの頃を思い、僕はきっと涙を落とす。友だちも家族も、誰とも分かり合おうとせず、ただ無邪気に自分の感性だけを信じていたあの頃。たとえそれが世間一般的に不幸なことだとしても、僕は幸せだったのだ。
(あの頃に戻れたら。)
 僕は同じ道を歩き、壁にぶつかり、病を背負い、今の僕に戻るのだろう。それでも良いとすら思うほど、僕は幸福な一人だった。



- ナノ -