LOG

 2016.01.25.Mon:01:07

第17回フリーワンライ企画様へ提出
使用お題:薬指の束縛、零れる、冷蔵庫の中、雑踏、王冠
ジャンル:オリジナルNL
タイトル:愛
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負


 靄で霞む街の中、雑踏。冷たい空気を感じ、人混みに身を混じらせ、僕は幹にもたれ掛かり呆然とする。街路樹の幹が冷たく、木肌の凹凸が痛い。でも僕はそこから動こうとは思わなかった。左薬指の冷たさに、心臓を貫かれた様だった。
 ほんの数時間前の事だ。
 僕はきみと一緒に居た。僕の借りるアパートで、朝方に訪ねて来たきみに、飲み物はいるかいときみの好きな牛乳を冷蔵庫の中から取り出して、もうコップ一杯分しかないなと笑った。きみは、じゃあ貴方が飲めばいいわと楽し気に言った。だから僕はそれならと机の上に出した無色透明な硝子のコップに牛乳をゆっくりと注いだ。そこできみは言ったのだ。
「これを貴方に」
 差し出した手のひらの上。小さなシルバーの輪。何なのか、理解が出来なかった。牛乳の最後の一滴が、ぽたりとクラウンを形作る。
「あなたにとてもとても似合うと思うのよ」
 きみはそう言うとその細い手で僕の左手首をやわく掴み、もう片方の柔らかな指先で僕の左薬指を触る。いいでしょうときみは笑い、指先を離してシルバーの輪を摘む。そしてするりと、いとも呆気なく僕の薬指に枷を嵌めた。
「ほら、とてもよく似合う」
 そして零したのだ。幸せそうであって、嬉しそうにとか、うっとりとしてとか、そう言った言葉では表せられない。充実と幸福と私怨の混ざった、僕の見たことの無い壮絶な表情を、零した。僕の冷たい指ときみの指が絡む。
「貴方が」
 そこからの記憶は曖昧だ。

 何が何だか分からぬ侭、アパートを飛び出した僕は雑踏の中で途方に暮れる。何を間違えたのだろう。きみと僕は良い友人だった。何がきみを変えてしまったのだろう。唯々、愚痴を言い合うぐらいの、平和な関係だったのに。

 雑踏の中、人々の囁きの中の何処からからか、あの時の声が聞こえる。
『貴方が私を殺そうとするの』
 愛に全身全霊を捧げ、何度も相手を飼い殺した、彼女の声が。



- ナノ -