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 2016.01.25.Mon:01:06

第14回フリーワンライ企画様へ提出作品
使用お題:人間嫌い/痕/忠誠心/むかしのやくそく/転生/屋上
ジャンル:オリジナル
タイトル:自称使用人
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負


 広い空、朽ちかけたコンクリートの床。蔦と木で支えられた屋上の空気は澄んでいて、ぼくは緑に覆われたかつての街を見下ろした。

 人間が滅びた世界。ここに住むのは人間ではない、エルフや妖精達。自然と共に生きる彼らに混じり、ぼくこと“最後の人類”は慎ましく生きている。
 人間の文明はもう残っていない。ガラクタとなった電子機器や、もう意味をなさないビル群が緑の蔦に覆われているだけだ。ぼくはそんな廃ビルのひとつで暮らしている。ここでぼくと一緒に暮らしているきみを紹介しよう。
 きみはエルフで、エルフ族の特徴である尖った耳と金色の髪をしている。美しいエルフだけど、きみのほおには傷痕がある。それだけじゃない。片目は深い傷で開くことが出来ないし、首には縄で締めた痕があるし、背中には切り傷の痕、腹には撃たれた痕がある。指先まで怪我の痕が残るきみはかつて人類が栄えていた頃に人間から暴力を幾度となく振るわれていた。ぼくはそれを知っている。

 屋上で座るぼくの近くで立つきみは宣言するように言う。
「人間は嫌いです。」
「うん」
「でもあなたは尊い人です」
「そんな大層な人じゃないよ」
 きみはかつて人類が栄えていた頃の昔話を始める。
 あの頃はきみにとって地獄だった。人に比べて長寿で丈夫なエルフのきみは人の偏見と差別により理不尽な暴力を受け続けた。丈夫といえど痛いものは痛いし、長寿といえど死ぬことはあるのだから、きみにとってそれはそれは恐ろしい日々だった。そんなある日、ぼくときみは出会った。
「あなたはあの日々を止めてくれた。恩人です」
「そうなのかな、本当に?ぼくはあの後のきみを知らないんだ」
「今の状態を見ているのに」
「それでも、ぼくが死んだ後のことをぼくは見てはいないのだから」
 そう。ぼくはきみをきみにとって地獄だったその屋敷から逃げさせたのだ。一介の使用人だったぼくは主人の怒りをかってあらぬ罪を着せられ、すぐに処刑された。だからぼくはきみが逃げた後、どうやって生きていたのか全く見ていない。
 今、ぼくが生きているのはエルフの秘術によって転生したからだ。エルフ達が創り出した人間の体に、秘術によって植え付けられたぼくの魂。記憶は魂に付随しているそうで、ぼくはほぼ完全にかつてのぼくと変わりがない性格をしている。そうして転生したぼくは、きみがかつて各地で差別にあっていたエルフ達にぼくの話をしたそうで、驚くことに英雄ということになっていた。
「迷惑でしたか。」
「困ったけど、何か悪いことが起こってるわけではないから、いいよ」
「ありがとうございます」
 きみは嬉しそうに笑った。青空の下、輝く笑顔にぼくは困る。それはきみの、ぼくへの向き合い方だ。
「あのさ、ぼくにそんな風に仕えるみたいなことをしなくていいんだよ」
「とんでもない。あなたは恩人だし、誰よりも尊いあなたに仕えたいと思ったのです。使用人だと思って、」
「いや、うん。とりあえず落ち着こうか」
 何度目かも分からないそのやり取りに少しだけ頭痛を覚えながら、きみが採ってきてくれたきのみと手作りのスープを飲む。きのみはあの頃には無かったものだし、スープに浮かぶ黄色いハーブはあの頃の人間が毒だと周知していたものだ。つくづく時間が経ったものだと思いながら、パンのような焼いた白いものを食べる。これはふわふわとしていて主食にするには物足りないものであるが、ぼくはすっかり慣れているので充分に満足出来る。
 ちなみにぼくはエルフ達の言語を使うことが出来ない。勉強をして読み書きはなんとかなったが、発音だけはどうもダメだった。体が違うのだから当たり前だときみ達エルフは微笑んでくれた。そんなエルフ達はかつてのことがあるので大半が人間の言語を使うことが出来る。つまりきみとの会話はぼくのかつて使っていた言語で行っているのだ。
 きみが憶えていらっしゃらないと思いますがと前置きをして話しだす。
「あなたは助けてくださるずっと前に約束してくださっていたのです」
 ぼくは思い当たることが全く無く、首を傾げた。きみは微笑んで続ける。
「あなたが屋敷に仕える前に、屋敷を少しだけ抜け出せたことがあったのです。すぐに捕まってしまいましたが、その短い間に、あなたと出会ったのです」
 ぼくはきみの話を促すように、そうだったっけと相槌を打った。
「幼かったあなたにどうしたのかと聞かれ、逃げたことを伝えたその時、約束してくださったのです。じゃあぼくがずっと外に出ていいようにしてあげる、と。」
 ぼくはそこでようやく思い出し、ああと声を上げた。幼い頃の朧げな思い出だが、きみにとってはそんなにも重要だったのかと思った。そこできみはいいえ違いますと思考を読んだみたいに言った。
「重要なのはあなたが約束を守ってくださったことです。」
 きみは嬉しそうに続ける。
「だからあなたに仕えたいと思うのです」
 ぼくは初めて知った理由に間抜けな顔しか出来ず、きみは微笑んでジュースを差し出してくれた。ぼくはありがとうとそれを受け取ると、一口飲んでその甘みにほっとする。
「美味しいなあ。えっと、だからぼくに仕えるみたいなことを」
「みたいな、ではなく使用人と」
「いや、ごめん。落ち着いて」
 きみはくるりと背を向けて屋上の入り口に手を掛ける。扉を開くと、きみはくるりとまたこちらを向き、それではベッドの用意をしてきますと笑って行った。その姿にぼくはまた軽い頭痛を覚えるのだった。



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