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 2016.01.25.Mon:01:03

第11回フリーワンライ企画様へ提出
使用お題:甘い本音と甘い嘘/夢と嘘とのパレードへ/こんにちは、チョコレート/列車/ホットケーキ
カテゴリ:オリジナル
タイトル:シロップに溺れる

登場人物の性別は特に決めていませんのでお好きな性別でどうぞ。


 冷えた鉄と鉄がぶつかる音がする。雨の中、車輪は線路をカタカタと進む。僅かに揺れる車内の、食堂車できみと向き合う。絹糸のような細い髪を揺らして、ナイフをホットケーキに滑らせる。白い指が銀のフォークの柄を持つのが何故だか非現実的に思えた。きみはこちらを見ることなく、食べないのかと声をかけた。だから僕はにこりと笑って、食べるさと言うのだ。
 雨音は聞こえない。防音ガラスの向こうはしどしどと雨が降っている。まるで切り離された空間の様で、ほんの少し微笑ましかった。だってそれは幼い頃に夢見た、現実とは違う場所の様。
 きみがホットケーキを口に運ぶ。少し小さくないかいと言うと、口が小さいものでねと言われた。嫌味などではないのに。きみは相変わらず捻くれている。
 外の雨が止む気配はない。携帯ラジオの天気予報では今日いっぱいは雨だと言っていた。
「おまえは何時も考え事をしているね」
 きみがこちらを見ることなく言った。ホットケーキに添えられた生クリームがとろりと溶けていた。その熱の意味するものを、きみは知っているのだろう。
「きみほどじゃないさ」
 にこり、と笑うときみはそうかいとホットケーキを口に運ぶ。やはり小さいなと咀嚼して飲み込むまで見ていると、早く食べろと急かされた。
「雨の寝台列車なんて久しぶりなんだ。ゆっくりさせてくれよ」
「此処に拘る必要なんて無いだろうに」
「いや、少しぐらい良いだろう。きみは此処が良く似合う」
 笑顔で言えば、きみは動きを止めることなく、そうかいと言った。これ以上きみの機嫌を損ねるのは得しないなとホットケーキにナイフを入れる。さくりとした表面、ふわりとした中身。溶けかけた生クリームに注ぐ様にメープルシロップを垂らし、ホットケーキを一口分切り出して、それに絡める。慎重にフォークで口に運び、噛む。じわりと甘いシロップが口に広がり、さくりとした表面とふわりとしつつも弾力のあるホットケーキが口の中いっぱいに染み渡った。
 これは美味しいのだろうなと思っていると、きみの手が止まった。どうしたのかと問いかけようとすると、丁度飲み物がやって来た。噎せ返るような甘い匂いに驚いていると、きみは当然の様にその飲み物を飲んでいた。それは甘いチョコレートをミルクに溶かしたホットチョコレートだった。きみに仕組まれたなと苦笑すると、きみはちらりとこちらに視線を寄越す。そして大層機嫌良く言った。
「おいしいだろう」
 その言葉が心に染み渡るようで、それを紛らわすようにホットチョコレートを飲んでから、ゆっくりと口を開く。口の中が、嗅覚が、侵される様にどろりと、甘い。
「とてもおいしいよ」
 自分が何を言っているのかすら、この匂いと味の中では霞んでいた。



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