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 2016.01.25.Mon:01:00

お題:斜日の陽は影を伸ばして、路地裏の密会、花弁にキス、救いはあるか
ジャンル:オリジナル
注意:とても抽象的ですがグロテスクかと思われますご注意ください。


 手を取られる。夕日に染まる街、目の前の君は優しく微笑んでいた。路地裏の狭い道の中、真黒な長い髪が揺れた。絹のようなその髪は細くて癖がない。風はぬるい。もう、夏だ。初夏の爽やかな空気はどこにもない。夏本番の、暑くて、じめっとした空気。梅雨明け宣言は昨日にでも発表されていたのだろうか。ニュースやラジオの情報に触れない僕には分からない。それはちっとも困らない僕の生き方だ。それでもいい、じゃなくて、それがいいと僕が選んだ生き方。
 手は離されない。オレンジ色を帯びて世界は、瞬く間に染まってゆく。路地裏の陰となるこの場所すら、染まっているようだ。
 手が動く。君の柔らかな肌がしなやかに伸び、滑らかに僕の手を開かせる。僕の手の中には一枚の花弁。それは一目で分かる、季節外れの桜、その一枚。君はそれをゆっくりと手に取り、唇に寄せる。
 口付けは一瞬。開かれた口内に桜の花びらを導いて、君は震えも戸惑いもなく、ゆっくりとした動作で咀嚼する。砂糖漬けのそれは、きっと甘いのだろう。桜の控えめな香りがするのだろう。想像するのは容易くて、僕は顔が歪むのを感じた。
 こころが痛い。君の顔が歪む。視界が歪んでいた。足が震え、立っていられない。路地裏の壁に体を押し付けるようにしながら、ずるずるとアスファルトの地面に座り込む。痛みは単純で、明確。胸の中心、左にほんの少しズレた場所。
「ありがとう」
 歪む視界で、君はどんな顔をしていたのだろう。



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