◎オレンのシャーベット


キバネズ/オレンのシャーベット/2021武者修行アンケートより


 しゃく、しゃく。氷の音がする。
「オレンのみのシャーベットです」
 ほら。ネズが見せたそれは、鮮やかなオレンジ色をしている。オレンのみは皮が青いが、果汁がオレンジ色をしている。そのはずだ。
「甘そう」
「好きでしょう」
「そりゃ、嫌いじゃないけどさ」
 マーマレードジャム入りなので、存外食べやすい筈です。くつくつと笑いながら、ネズは機嫌良く言った。
「オレさま、子ども舌だから」
「へえ、そうなんです?」
「知ってるくせに」
「ええ、そうですね」
 興味深そうにタチフサグマがネズに寄っていく。おまえにはこっちですよと、ネズはオレンのみを渡した。
 甘い、けれど爽やかな香り。オレンのみの匂いがする。
「昔は」
「はい」
「昔は好きだった」
 よく、両親に頼んだものだ。夢心地のキバナの言葉に、ネズはそうですかと微笑む。
「とても良い思い出をお持ちで」
「嗚呼、良い夢だった」
「まだ、続きますよ」
「もうこんなにも時が経った」
「おれと会ったのに、なんて、言ってほしいですか」
「うん」
 言って。キバナの言葉に、ネズはシャーベットをぐるりと掻き混ぜた。香りが弾ける。夢心地のオレンジ色が、視界を覆った気がした。
「言ってやりましょうね」
 一度だけ、ならばと。
「おれの夢は終わりました。けれど、おれたちの夢はまだ続きますよ」
 ああ、それはなんて。
「酷いな」
「上等でしょうに」
 くつくつ。ネズはずうっと笑っていた。


05/17 17:35
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