◎空から降る音


キバネズ


 雨だ。ネズは外を見た。雨が降っている。しとしとだなんてゆっくりしたものではない。ざあざあと、シャワーのように降っている。大ぶりだ、本降りだ。外を駆け回っていた若者たちが軒先に集まっている。ネズはただ、家の窓から雨を見る。
 今、外に出たら濡鼠となるだろう。モルペコのように可愛らしかったら様に成るが、ネズでは良くて棒きれだ。
 ふと、ドアをノックする音が聞こえる。どうしましたか、そう声をかけると、ゆっくりと扉が開き、マリィが顔を出した。
「アニキ、キバナさんが来とるよ」
「そうですか」
 ならばミルクティーでも飲みますかね。ネズはそう言って、ペンを置いた。譜面は仕上がっている。丁度いい男だこと。ネズは苦笑する。丁度いいのはお互い様なのだろう。きっと。
「アニキ?」
 調子悪いの、マリィが控えめに言う。天気が悪いと、ネズのただでさえ血色の悪い顔が一層悪くなるのだ。いつだったか、誰かに指摘されたことを思い出した。マリィにも、そう見えるのだろうか。
「少し、センチメンタルになっていただけですよ」
 すぐ行きます。ネズはそう言って立ち上がった。ふらつく体は、休憩を欲している。そういえば、朝から飲まず食わずに譜面と向き合っていた。芸術肌の欠点だね。そう言っていたのはメロンだったような気がする。集中するとまるで周りが見えないのだから、と。
「マリィ、戸棚の奥にチョコレートがありますよ」
 茶請けはそれにしましょう、そう笑えば、分かったとマリィはキッチンに向かう。ネズもまた、作業部屋から出て、寄り添ってきたタチフサグマの背中をこりこりと撫でた。
 きっと、リビングではキバナが濡れた体を乾かしていることだろう。ふと気がつけば、雨音は、遠かった。


02/08 16:03
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