◎謳歌した青を喰み爛熟の身


タイトルは水魚様からお借りしました。
鳴獅子/熟年夫婦


 静かな夜、獅子王は布団の上で丸くなって寝ていた。宴会も、誰か彼かの月見酒も、散歩をしている刀も居ない。そんな静かな屋敷で、獅子王は静かに寝ていた。寝息すらも躊躇するような静寂の中、ふと足音が聞こえてきた。気配を押し殺したような、ゆっくりとした足音に、獅子王がその金色のまつげを揺らして薄く目を開けた。三度瞬きをし、彼はゆっくりと起き上がる。月の夜、障子戸にぼんやりと人影が映り、獅子王はほうと息を吐いた。
 ゆっくりと障子戸が開かれる。人一人分開いた隙間から見えた影に、獅子王は微笑んだ。
「おかえり、鳴狐」
 うん、ただいま。鳴狐は小さな声で返事をした。

 鳴狐は部屋に入ると戦装束を脱がずに真っ先に獅子王の布団の横に座ると、手袋を外して金色の髪に手を伸ばした。三つ編みに結ってある凸凹をなぞり、僅かに微笑む。獅子王はそれを見て優しく微笑み、細い腕を伸ばし、その細い指先で鳴狐の面を外した。
 鳴狐は獅子王が面を枕元に置くのを見届けると、ゆっくりと彼の首元に顔を近づけ、額を擦り寄せた。マーキングのようなその行為を獅子王はクスクスと笑いながら受け入れ、まだ塵と埃にまみれた鳴狐の髪を手櫛で解すように撫でた。鳴狐が目を細めて笑むと、それを首元で感じた獅子王も笑った。
「汚れるよ」
「風呂に入ればいいだろ」
 二度目だけど、鳴狐と入るならば別だと笑った獅子王に、鳴狐は目を閉じて再び額を擦り寄せた。
「今日はとびきり甘えん坊だな」
「そういう時もあるよ」
「そりゃそうだ」
 鳴狐は獅子王の体に腕を回し、ぎゅっと抱きしめてから彼を縦抱きにした。疲れているのにと慌てる獅子王に、君は軽いから平気だと鳴狐は言った。
「お風呂に誰もいないといいね」
 そうだなと獅子王は笑って、近くにあった彼の額に口付けを落としたのだった。



10/17 18:03
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