◎バラ


実福


 実休が花を抱えて歩いている。福島はぱちんと瞬きをした。
「ねえ、薬研くん」
「なんだ?」
「あれって、いつもの花じゃないよな」
 薬研はその言葉に顔をあげる。実休が抱えている花は、いつものように彼の育てた花ではない。遠目には、薔薇のように見える。薬研はすぐに気を無くして薬草を砕く作業に戻った。
「ありゃ問題ないな」
「うーん、」
「福ちゃんなら聞けるだろ」
「でも、誰かからの贈り物だったら、悪いだろ」
「ん? 実休さんは福ちゃんの恋仲だろう」
「ち、違わなくはないけど、でも、俺よりずっと良いひとと出会えたなら、」
「別れるって?」
「……うん。嫌だけど、別れるしか」
「心配いらねえと思うけどなあ」
「何で?」
「それだけ愛されてるように見えるんだがなあ」
「うう」
 へたりと眉を下げる福島に、薬研はハハと笑う。
「そんなに不安なら聞きに行きな」
「そうだけどさあ」
「怖いのか?」
 思いがけない話のような態度を取る薬研に、福島はだってと言う。
「怖いよ。だって、愛される幸せを知ってしまったから」
「そりゃ何よりだな」
「薬研くん、面倒になってるでしょう」
「そうは言わないぜ。だって、福ちゃんは可愛いからな」
「何だよそれ」
 分からないと福島が息を吐く。薬研は楽しそうに言った。
「部屋に戻って図鑑でも開いてな。新しい花を知りたいんだろ?」
「うう、薬研くんの意地悪」
「ははっ! そんなことはないさ」
 行きなと背中を叩かれて、福島は意を決して薬研の薬部屋を出た。

 部屋に戻ると薔薇を抱えた実休がいて、それを差し出される。真っ赤な花束にぽかんとした。
「はい、福島へ」
「へ、あ、ありがとう? どうしたんだよこれは」
「珍しい品種が入荷するって、演練場で同位体が教えてくれてね。なら、福島に渡そうと思って」
「そう……十二本?」
「うん。どうせならね」
 じゃあ返事は。と福島が頬を染めて、薔薇を一輪抜き取って、差し出した。
「こ、これ、で」
「うん。ありがとう、福島」
 とろりと甘やかに笑む実休に、福島は十一本の薔薇を抱えて、ふにゃりと笑ったのだった。

・・・

採用したことば
十二本のバラ→付き合ってください
十一本のバラ→最愛
一本のバラ→あなたしかいない



03/03 23:13
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