▼ 叶わなくても良かったんだよ@告白
Mar 30, 2023(Thu.) 15:39
いちしし/告白
タイトルはシュガーロマンス様からお借りしました



 青い海。曇天、雲が多い日。私は獅子王殿と海に来ていた。主の霊力が満ちる本丸には様々な景色がある。その中の一つに海があった。仮想の海、しかしそれは主の優しい力で本物のように広かった。
 カモメだと獅子王殿が笑って空を指差している。あれも、作り物のカモメだ。けれど獅子王殿はまるで本物かのように笑っていた。
 ちゃぷ、ちゃぷ。獅子王殿が戦装束で海へと進む。万が一があるからと着て来た戦装束は海には不釣り合いに見えた。獅子王殿が来いよと笑っている。その手がやわらかくて優しそうで、私は幻だろうかと思った。ただ、私はたまたま近くに居て、獅子王殿に偶然選ばれて付き添って来ただけなのに、まるで最初から私を選んでくれていたかのような錯覚がしてしまう。
 いちご、まるで幼い子どものように獅子王殿が呼んでいる。おいで、おいで。まるで夢の中のささやきだ。
「意地っ張りだなあ」
 早く、と彼が私の手を掴んだ。そしてざぷん。海へと潜った。
 海は棚のようになっていたのだ。足を踏み外したのかと一瞬考えたが、海の中で笑っている獅子王殿を見れば意図的なものだとすぐにわかった。彼が何かを喋るために口を開く。ごぽり、二酸化炭素の泡が浮かんだ。しかし水の中で声など聞こえない。その言葉を聞き取るのが不可能ならば、読唇術しかないだろう。唇の動きを必死になって追った。そして言葉が分かった時、獅子王殿が動き、海から引き上げられた。
 水を軽く払ってから獅子王殿と向き合う。彼は私の首に腕をかけて笑っていた。
「すきだよ、いちご」
 そうして海の中と同じ台詞を繰り返すから、私は笑って抱きしめた。
「私も獅子王殿のことが好きですよ」
 だから今度は突然海に引きずり込んだりしないでくださいね、と。



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