▼ 祈らない深海魚は今夜も歩く真似をする
Mar 30, 2023(Thu.) 15:36
膝獅子/海の中、優しい話、貴方の話/進まないのならば強引に進めるまでの事。/SF(少し不思議)


 進まない。

 本丸の片隅、古い小屋に寄り添う刀。金色の髪を春の光に煌めかせて、座る青年は壁に背を預けていた。妙に力をかければ壊れてしまいそうな小屋に体を委ねて、彼は語る。
「今日の昼はカレーだった。」
 刃色の目を伏せて、金色の睫毛を瞬かせて彼は語る。
「今日の夕飯は何だろうな。」
 ねえ、と、顔を上げた。開かれた目の先には男がいた。袴を履いた、すらりと長い男は口を開く。
「そんなのは何だっていいだろう。」
 春の日差しの中、男は手を差し出した。しかし小屋の刀は目を細めるだけで立ち上がろうとはしない。座り込んで、その目で男を見つめていた。
 途端に、こぽりと水の音が鳴った。

 まるで水中のような景色が見えた。水底、暗い底に座り、金色は空を見上げていた。ゆらゆらと髪を揺らめかせ、水面を眺めていた。独特な模様が青年を飾り立てる。こぽり、こぽり、彼の口から空気がこぼれた。
 一歩、男は歩いた。仕方ないと息を吐きながら青年の海に飛び込む。ざぷんと音を立てて飛び込んで、しっかりとした足取りで水中を歩いた。彼の周りには多くの泡がまとわりついて、青年は昇るそれを見つめていた。男は座る青年の目の前に辿り着いた。髪が揺れる。
「行くぞ。」
 そうして青年の腕を掴み、首を掴み、口付ける。ごぽり、空気を押し付けた。

 春の日差し、暖かなそこで青年は立ち上がった。男が手を引く。さっさと行くぞと強く引っ張る男に、青年はははと笑った。
「膝丸は、時々とっても強引だ。」
 はは、はははと笑いながら歩く青年に、男は何も言わずに歩き続けた。



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