◎黒い羽の蝶を見た


宮中/擬似毒殺


 真っ黒の羽をした蝶を見た。それは他の色は何もない蝶で。何かの影なのかと思うほどに黒だった。触れてみようと手を伸ばせば、誰が俺の手を引き止めた。誰だろうとその手を見てみれば、節くれだった、よく見たことのある大きな手が見えた。その人の名前を呼ぼうと口を開けば、もう片方の手が俺の口を塞いだ。驚けば、その人は言った。
「あれは火の粉を撒くよ。」
 もがくように見上げれば、予想に違わないあの人が、目を細めて言っていた。

 目が覚めた。起き上がれば隣にあの人は居なく、机に向かって何かを書いていた。この世界での物書きの仕事だろうと見当をつけて、名前を呼ぼうとすれば声が掠れた。乾燥しているらしい喉に眉をひそめれば、そっと水の入ったコップが差し出された。差し出したその人を見上げれば、飲むといいよと笑ってくれた。大人しく受け取って喉を潤せば、その人は嬉しそうに俺の頭を撫でた。
「もう少し寝ていていいよ。」
 優しい声にとろりと意識が溶けた。一気に押し寄せた眠気に俺はそっとベッドに横たわる。脳味噌が侵食されたかのような気持ちがして、それでもと名を読んだ。
「宮沢サン、」
 おやすみと告げようとするがうまく発音できず、微笑みかけてくれるその人を見ながら俺は深い眠りへと落ちて行った。


12/03 01:30
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