◎救済と平和の印


宮中


 ひら、ひらり。あの時に揺れたマントが、また揺れた。
 皆がぼくを助け出してくれた季節は晩冬だった。ひりつくような寒さの中、赤紫の髪をしたきみが仲間と共にぼくを抱きとめてくれた。そして疲れきっているのに嬉しそうな顔をして、初めましてと笑ったのだ。その明るい顔に思わず微笑みが零れた時には、きみは目を閉じていたのだけれど。
 きみのマントがひらひらと。濃紺のそれはどこか優し気で、滑らかなそれを触りたくなってしまう。隣を歩くきみがそんなぼくに気がついてこちらを見上げた。不思議そうな顔に何でもないよと告げれば、少々不満気ながらもそれならと前を向いた。けれどきみの視線は前を見るばかりではない。あっちこっちと興味のあるものに視線を向かわせるものだから、足取りはしっかりしているものの少しばかり危なっかしい。自分もあまり人のことを言えないのだから、何も言わずに隣を歩くのだけれど。
 あ、ときみが一点で目を留めた。その視線をなぞればそこには煮物の屋台があった。近寄るきみに、おでんではないらしいなと思いながら暖簾(のれん)を潜れば幾つかの鍋の番をするお婆さんがいた。きみは冬瓜があるじゃないかと言ってそれを注文した。珍しいなと思っていれば、お婆さんが旬は終わりだねと言った。今月いっぱいまでは冬瓜の煮物がやたらと好きな客が来るものでねと笑う姿はとても優しい。ほくほくと頬張って美味しいと言うきみに微笑ましいなと思いながら冬瓜の煮物を口に運ぶ。口の中に広がる柔らかな冬瓜に美味しいなと素直に言えば、お兄さん達は美味しそうに食べるねと笑われた。その時小さな足音が聞こえて誰かが暖簾を潜って席によじ登る。それは小さな女の子だった。お婆ちゃん冬瓜を食べたいと元気に言う姿と、それに応えるお婆さんに合点がいった。
 代金を払って屋台を出れば、冷たい風が頬を撫でた。なあと呼びかけられてきみを見れば、温まって染まった頬をしたきみがいた。
「また行こうぜ。」
 この世界の中。未来への約束に、ぼくは微笑みを返す。
「来年だってきみの隣さ。」
 笑うきみのマントが揺れた。


10/18 01:36
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