◎蝉と夕立@坂口と中原


坂口と中也


 じぃん、じぃんと染みるような蝉の音が聞こえる。この世界にもそれなりの四季があるようだ、なんて思いながら隣を見た。隣の彼は何時ものケープを脱いで、シャツとズボンを着ていた。それでも長袖だから、暑いだろうなと思っていると帽子が動き、彼がこちらを見上げた。
「なんだよ」
 その不機嫌そうな目に、僕は笑いながら何でもないと言うと、手の中の瓶を撫でた。
「やっぱり夏はラムネだね。甘さが疲れた体に丁度良い」
「あー、そうだな。」
 彼はそう言うと瓶のラムネに口をつける。小さな水泡が瓶の中で踊るのを、隣で見て楽しむ。それは飲んでいる本人より、その傍らの人が見て楽しめる光景だ。飲みながら泡を見るのはなかなかに難しい。
「それにしても、中原が酒瓶以外の瓶を持っていると違和感があるね」
「そんなことねえだろ」
「あるある。気になるなら他の人に聞いてみなよ」
「聞くわけねえよ」
 じとりとした目に、くすくすと笑う。彼はそんな僕から目を逸らし、三分の一ほどのラムネを飲み切る。それを見て、僕も残り少なかったそれを飲み干した。彼はケースに瓶を返すと僕を見上げる。
「見回り、先行くぜェ」
「二人一組って言われただろう?一人は危ないよ」
「そういやそうだったな」
「アビンに会うとちょっと困るからね」
 僕も瓶をケースに返すと、二人で駄菓子屋のおばさんに一言言って歩き出す。じぃん、じぃんと沁みるような夏の音がする。染まるようから、心に響くように変わった。変わったのは、蝉なのか、僕なのか。
「アー、早く済ませねえと」
「どうして?」
「ホラ」
 中原が指差す先には暗い雲がある空。
「多分夕立が来る。こちとら傘がねえんだ」
「本当だね。それじゃあさっさと済ませて家に帰ろうか」
 そう言うと僕は次の目的地の変更を告げた。


09/03 01:04
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