君と彼女と私と彼と
こみまゆ×久ひば小説。そのいち。






「ふぅ」


カタリと机にペンを置く。さて此処からが問題だ、と頭を捻った。今回の話は浅草を舞台に繰り広げる心算だったのだが、どうにも上手くいかない。何か画期的なアイデアが欲しい。抑、登場人物から決まりきらない。今回は、無睡シリーズの新作なので、主人公などは別に問題は無い。唯、敵対させる犯人等の登場人物の設定が納得いかないのだ。もう一度一から練り直す必要があるだろうかと、苛々しながら机脇の珈琲豆の瓶に手を伸ばした。


「せんせー!ひばりが来ましたよー!入りますからねー!」

「…騒がしいのが来た」


玄関から聞こえる聞き慣れた甲高い声に、頬が緩んだのは気付かなかったことにして悪態を吐いた。だけれども、まぁ丁度良い。珈琲が欲しかったところだ。


「雲雀は晴れの日によく鳴くものだぞ、ひばり君。今日は曇りだ」

「あっ、先生!って、私は鳥じゃありません!」


部屋から出て、玄関先のひばり君にそう言えば、私に気付いた彼女は嬉しそうな顔を見せてから反論をする。全て態度に出る子だな。


「そんなことは良い。早く珈琲を淹れろ。飲んだら取材に行ってくる」

「取材!私も連れてって下さい!」

「……まあ良いだろう」

「えっ!?」


ふむ、と少し考える仕種をしてから許可を出せば、ひばり君は目に見えて驚いた。何なんだ。君が行きたいと言ったんだろうが。


「いやだってまさかそんな直ぐに快諾して貰えるとは…」

「快諾かどうかは怪しいが、其れ以上何か言うなら連れていかんぞ」

「えっ!嫌嫌嫌ですよ!置いてっちゃ嫌です!」

「解ったから、早く珈琲を淹れろ。遅くなったら取材には出ない」

「もう!自分勝手なんですから!」


頬を膨らませて怒ってみせてはいるが、耳が赤くなっているのが丸見えだぞ、ひばり君。さて、取材の道すがらどうやってからかってやろうかなと考えながら、取材に行く為の準備を少しだけ始めた。







「いやはや此れぞ奇々怪々な事件だな。癖が疼くだろう?ひばり君」

「疼くより先に混乱してますよ…」


げっそりとした顔でそう返してきたひばり君を横目に見遣ってから、ぐるり、周りを見渡した。見慣れぬ建物の中に変わらずあるのは此の鳥居だけだ。いやそうでもないか。此の鳥居だって記憶より古くなっているようだ。


「此処何処なんですかぁ〜」

「住所はどうやら浅草のようだから、浅草なんだろうなぁ」

「いつもと違いますよー!!」


ひばり君はもう半泣き状態だ。先程少し歩き回ってはみたが、道の作りなどに然程の変わりは無いものの、見知った景色とは違う作りが大半だった。あとなんか大きい水色の東京タワーのなり損ないがある。


「うう…」

「――あの、大丈夫ですか?」


道端で頽れて変な声で鳴いていたひばり君にただ事ならぬ雰囲気を感じたのか、女が一人話し掛けてきた。黄色いコートに、茶色いおかっぱ頭、そして極めつけは何と言っても、


「がに股…」

「ちょっ!先生!失礼ですよ!!」


そう思わず口からついて出れば、直ぐにひばり君が立ち直って私に怒ったが、そんなことはない、とは言わない辺り彼女もそう思っているらしかった。


「あはは、良いですよ。よく言われてるんで慣れてます」


ぱたぱたとおばさん臭く右手を扇ぎ、照れ臭そうに左手で頭を掻きながら女はそう言った。照れ臭そうに、じゃないな。実際に頬が赤くなっている。恥ずかしいのか、其の普段から言ってくる相手の事を思い出しているのかは果たして定かではないが、恐らくどちらもだろうなと勝手に結論付けておいた。


「ところで、どうかしましたか?浅草に観光に来て、迷っちゃったとか?」

「いえ、浅草には取材に――」
「ひばり君、余計なことを言わなくて良い」


素直に答えようとしたひばり君を遮ってそう言えば、ひばり君はムッとした顔を私に向けてきたが、此処がどういう浅草か解らない以上、下手なことは言わぬが花だろう。


「…?と、取り敢えず何かの用事なんですね!で、迷子?」


迷子説を矢鱈推してくるのは何なんだ。


「そうです!迷子なんです!」


君も何簡単に認めてるんだ。君は其れで良いかもしれないが、どう見ても君の保護者に見えているだろう此の状況で其れは私がこっぱずかしいだろう。おい、ひばり君。


「あらら…其れはお気の毒に…何処に行きたかったんですか?やっぱりスカイツリー?」

「すかいつりー?」


女の問い掛けにひばり君が鸚鵡返しをする。ふむ、あの馬鹿でかい東京タワーもどきはどうやらスカイツリーと云うらしい。一人納得していれば、ひばり君の反応に女が驚いたようで、何か盛り上がっているようにも見えた。


「え!?スカイツリー知らない!?」

「あ…えと、は――もがっ」
「そんなことより」


はい、と肯定の意を返すのは恐らく宜しくないと思い、ひばり君の口を後ろから塞いで止めて、女に話し掛ける。ひばり君、あんまり唇を動かすんじゃない。涎が私の手につく。


「珈琲が飲みたい」

『はっ!?』


私の突飛な発言に、女とひばり君が揃って素っ頓狂な声を上げた。







「――でぇえ?まーゆーずーみー?其の不審者共をどうして私の家に連れてきた?今の一連の流れを聞いてもまぁぁああったく!私の此の豪奢な屋敷に連れてくる運びになった意味が解らなかったぞ〜?私の家は喫茶店でもましてや珈琲屋でも無い!強いて言うなら私は紅茶派だ!!」


どーん!と机の上に組んだ足を乗り上がらせ、葉巻を右手に携え、嫌味なくらい綺麗に整えられた八二分けの前髪を左手の薬指で少し撫で付けながら、其の尊大な男は言った。


「先生!お客様の前ですよ!何もそんな言い方しなくても…」

「きゃーくーだぁー?大金を払わぬ依頼人以外の来訪者を私は客などには認めなーい」

「先生ッ!もう!」


――私達を此の浅草に似合わぬ無駄に豪華な家に連れてきたのは、先程ひばり君に声を掛けた女、黛真知子だった。彼女は私達が話さない分、自分のことを色々話してきた。弁護士をしているらしく、つい最近死刑囚を大どんでん返しで無罪に持ち込み、少し顔が世間に知れたらしかったこと。…最も、其の功績の大半は、所属事務所の上司である業界でも有名な弁護士の力のお陰だと云うこと。


「其れが此の男か…」

「せ、せんせ、顔がまた犯人みたいに…」

「何だって?ひばり君、何か言ったか?」


なんでもございません!と首をぶんぶん振り回すひばり君。おいやめろ、おさげが当たる。きゅっと引っ張れば、痛い!と鳴いた。今日は曇りだと云うのに、本当に此の雲雀はよく鳴くなぁ。


「大変仲睦まじいところに水を差すようで悪いんだがね、とっとと帰ってくれ給え」

「ちょ、ちょ、ちょ!先生!何言っちゃってるんですか!」

「黛君、早急に彼らを駅まで送り届けてあげなさい。そして君はもう今日帰ってくるな!僕は此れからヴァイオリンのレッスンだ!!」

「近所迷惑ですし就業時間中ですよ!!」

「知らない知らない知ーらなーいッ!!此の事務所の所長は私だー!!全てのことは私が決める!」


しかも近所迷惑とはなんだー!と、ぎゃーぎゃーくだらない言い合いをする弁護士二人を眺める。どっちが上司でどっちが部下か解らないの前に、どっちが年上かも怪しくなってきた。どう見繕っても八二分けのが年上…と云うか、私とさして歳なんて変わらないんじゃないか…?


「だいたーい!促される儘他人の家に上がり込み!挙げ句家主に挨拶も無しに我が物顔で居座るとは何事だ何様だ!特にそっちの刈り上げ!」


ビシィッと勢いよく私に向かって指を差す男。黛真知子は其れを「お行儀悪いですよ先生!」と言って叩き落としていた。勿論、男は怒る…かと思いきや、ふん、と一度鼻を鳴らしただけだった。ん…?


「ごめんなさい!えっと改めまして、私は弁護士の黛真知子です。此の古美門法律事務所に所属しています。で、此の横分け小僧が、此の事務所の所長であり、抑、此の家自体の所有者である古美門研介先生です」

「さらっと横分け小僧とか言ったな?黛君」

「気のせいじゃないですか?」


成る程。横分け小僧か、中々的を得た渾名じゃないか。面白い。次の話には妖怪なんかを出しても良いかもな。
すっとぼけるなおたまじゃくし!と独特の罵倒文句を叫ぶ古美門とやらは中々に愉快だ。其れを見て眉間に皺を寄せて困ってるひばりちゃんは更に愉快だ。
そんなひばり君をつついて、紹介するよう促すと嫌そうな顔を一度私に向けてから、二人の弁護士に向き直った。


「えっと、初めまして!私は明尾高等学校二年生、花本ひばりと云います。此方は、推理小説作家の久堂蓮真先生です」


ひばり君が二人にそう説明すると、黛真知子が「久堂蓮真!?」と驚きの声を上げた。おや?


「なんだ黛君、知ってるのか?」

「知ってます知ってます!無睡シリーズ大好きです!」


くるくる表情が変わるところはまるでひばり君のようだと思いながら、求められた握手に応える。其の後さんざ賛辞の言葉を述べられた。中々話の解る子だ。
しかし良い気分でいたところに、またも水を差すかのように古美門が口を開く。


「――明尾高校は、神田の辺りのあの?」

「はい!そうです。学園祭では大きなモニュメントを作ることで近隣にはよく知られた――」
「あれぇ?おっかしぃなぁ〜なら、明尾高校は“十年以上も前に廃校になっている”筈だがなぁ〜」

「!」

「えっ!?」


しまった。ひばり君に紹介させた方が面倒なことにはならないだろうと踏んだのに、思わぬところで下手を踏んだようだ。そうそう簡単に学校が無くなることは無いと思っていたが、どうやらそんなことも無かったらしい。
黛真知子は古美門の言った意味が飲み込みきれなかったのか、おろおろと私達と古美門を見比べる。


「久堂蓮真とか言ったかな?どういうことか説明して貰おうか〜」


ニヤニヤと悪人面で笑う古美門に虫酸が走る。しかしふと、ひばり君がたまに言う「犯人みたいな顔」とはこういう顔なのかもしれないなと思い至ると、少し自分が嫌になった。


「ひ、ひばりちゃん?一体どういう…」

「え!?えーっとぉ…せ、せんせ?」

「…まあ古美門センセイは私をご指名のようだしな。ひばり君はそこで私の推測を聞いておきなさい」


普段ならひばり君にヒントを与えて解決させるが、今はいつもの外し芸をさせている場合では無いし、まして此の男は完全に油断ならないのだ。
立ち上がり、古美門に向かい合えば、座っていた時から思っていたが此の男を見下ろす形になった。


「貴様…僕を見下ろすな!」

「知るか。――さて、と名探偵では無いが言い置いて、私の推察を聞いて頂こうか」


パン!と一つ手を叩いてから、此の部屋に一つだけ置いてあるソファに腰を下ろした。




2014/04/28
17:35 Mon
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