眠れない夜には、本を読むようにしている。
本を読む理由として、携帯はブルーライトが目に良くないだとか、睡眠の邪魔をするだとかそれらしいものは色々あるが、一番は俺の思考ごと、どこか遠くへ飛ばしてくれるから。
今夜の小説は、ミステリーもの。ミステリー以外はそんなに読まない……音楽雑誌くらい? いやそれ小説じゃないし。
しかしいざ、ベッドに横になり小説をパラパラめくってみると、内容が頭に入ってこなくて結局読むのをやめてしまった。
シンと静まり返った現実。
視界の端に磨き上げられたベースが映る。
それに指を伸ばそうとして、やめた。
ふと、「あの日」の出来事を思い出す。

――先輩に振られてから、半年ほど経っただろうか……。
居酒屋で見た先輩の目が忘れられない。

街で出会ったニシノくんとの、虚しいだけの傷の舐め合いはとっくに終わりを告げ、俺はまた一人に戻っていた。
短い間ではあったが、恋人という関係になっていたあの人……。
一カ月、いや二カ月はもっただろう。あっという間に別れた理由は、大したことではない。
相手の居場所は俺の隣ではなかった。
俺の隣も、やはり彼の隣ではなかったという、ただそれだけのこと。
とても楽しかった。でも段々二人とも、やはりお互いではない誰かを重ねて見ていた。重ねてはいけないと思えば思うほど、俺は無意識に先輩を想った。
ニシノくんもそうだった。
俺とよく似た誰かを見ていた。
ニシノくんと喧嘩したわけじゃない。ニシノくんを嫌いになったんじゃない。
ただ、短い恋がまた一つ、終わっただけなのだ。

長続きしない関係だというのは、初めからわかっていた。
驚くほどすぐに終わってしまうんだろうということも、なんとなくわかっていた。
でも、すぐ終わるような短く儚い恋愛の、何がいけないんだろう?
付き合っていたことに後悔はない。いやむしろ、感謝しかない。
優しいお付き合いは確かに、当時の俺のボロボロの心を救ってくれたから。



 ◇

毎度のお昼休み。
俺は会社の社員食堂で、特に美味しくもない牛丼を一人で食べていた。牛の肉が乗ってるくせに、一番安いのだこいつは。
本当はエビフライ定食が食べたかったが、正直高い。こんな贅沢なものをお昼に毎日食べていたら破産する。昼食はコーヒー含め五百円までと決めていた。

――俺は、あれから屋上に行くのをやめた。
先輩の顔を見たくなかった。
社内での業務連絡は普通にするが、それ以上の話は今はしない。先輩が何か言いたげでも、俺は気付かないフリをしている。
あんなに毎日食べていて、いい加減飽きていたサンドイッチを、恋しく感じる日が来るとは……。
かといって、屋上へ行かなくなっただけで、あからさまに避けているわけではない。前よりも格段に上手に笑顔を作れるようになった。だから無愛想な態度で先輩を不愉快にさせている、なんてことはないはずだ……。

「ねえ、丹生谷くんも今日の飲み会来るよね」

お昼が終わり、デスクで仕事をしていた時、女上司にそう言われ、俺はハイと頷いた。
俺が勤める会社は月に一度、第ニ金曜日とかだったか……決まって飲み会があり、俺も毎回参加していた。
俺はこういった集まりは正直苦手だったが、それでも毎回参加するのは、自分が新入社員だった頃の癖がいつまでも抜けない為だった。
正直なところ、昨今の飲み会への参加率は出世にも関係してくる。今時、少し仕事が出来るくらいでは昇進など望めないという、理不尽な社会の仕組みだった。
先輩が来るので毎回楽しみにしていた飲み会も、今となっては苦痛でしかなかった。



「はい、どんどん奥に詰めてー」

居酒屋に入るなり押され押され、俺は奥のほうの席に押し込まれた。
俺の隣には誰が来るんだろう……部長とかだったら嫌だな。気を使うし。
そう思って始まる前から憂鬱な気分になっていると、なんと次に入ってきたのは真島先輩だった。
びっくりして心臓の鼓動が速くなる。一応「お疲れ様です」と挨拶はしたが、俺は飲み会中、先輩と反対側の隣の人とよく話した。
先輩は俺のことをチラチラ見ていたが、先輩も俺と反対側の隣の女性社員にしきりに話しかけられていた。
それにしても……ペース早いな、先輩。もう生ビール何杯目?いつもジョッキ一杯とか、全然飲まない方なのに。
飲み会がお開きになり、二次会へ行く人は行こうという流れになった。
その頃、案の定先輩はみっともなく出来上がっていた。

「ねえ、あんたこの酔っ払いと仲良しなんだから、責任持って家まで連れて帰ってやってよ」
「ええ……!?」
「そういえば丹生谷、真島さんと最近話してるとこ見ないけど、喧嘩でもしたの?」
「いや、そういうわけでは……」
「そ。じゃあお任せするね」

俺の腕にしがみついて気分悪そうに眠っている先輩を叩き起こし、仕方なく外へ出た。

「はぁ〜〜……」

よく溜息を吐く俺だが、ここ最近で一番盛大な溜息が出たと思う。
先輩は口元を押さえて今にも吐きそうになっていた。

「ごめんな、丹生谷」
「うわ、酒くせ……最っ低」
「ごめん」
「何がですか。無意味に謝るのやめてって前に言いましたよね」
「いや、むいみではないとおもうけど……こうやって連れて帰ってもらってるわけだし……」

先輩はタクシーを待っている間もずっと真っ赤な顔で辛そうに泣いていた。こんなにも酔った先輩を見るのは初めてだった。
タクシーに乗ってからの先輩は更に最悪だった。顔色は赤から紫、終いには真っ青になり、このままでは車内で嘔吐してしまいそうだったので、先輩の最寄り駅で降ろしてもらった。
先輩の家はなんとなく知っていたが、正確な位置まではわからない。
途中、ついに路上に座り込んだ先輩をおんぶして、「このマンションですか?」「ちがう……」「このアパートですか?」「もうちょっと先……」などと会話をしながらなんとか家に辿り着いた。

「つきましたよ先輩。玄関の鍵は?」
「んー……」

玄関の鍵を雑に手渡される。
扉を開けるなり、先輩は俺の背中から滑り落ち、そのまま床で眠ってしまった。

「なんだこいつ……」

ネクタイは緩み、シャツははだけてズボンから片方飛び出している。
こっちの気持ちを知っておきながら、襲ってほしいのかこの馬鹿は?
思わず心の中で悪態をついた。

それにしても先輩の家、初めて入った。少しドキドキしながら部屋を見渡す。
先輩の家には何もなかった。
学生時代、何度かお邪魔した先輩の実家の部屋は、ベース、アンプ、エフェクター、そして好きなアーティストのライブDVDが並べられていたような記憶が微かにあるが、今の部屋には必要最低限の家具しか置いていない。ローテーブル、冷蔵庫、テレビ、布団。テレビも床の上に直に置かれている。テレビ台くらい買えば良いのに……。
部屋の端には、缶やコンビニ弁当のゴミが大量に入った袋が置いてある。どうやら自炊もしないらしい。俺も滅多にしないが。

俺は先輩を引きずって布団の上まで連れて行った。
そしてなるべく見ないようにして先輩の制服を脱がし、脱ぎ捨ててあったパジャマに適当に着替えさせる。
四苦八苦しながらも、上の服だけなんとか着替えさせた。下はどうにも緊張してしまって無理だ。風邪をひくならひいてしまえ。
人の家の冷蔵庫を勝手に見るのも普段なら許されないだろうが、この際仕方がない。俺は冷蔵庫の中にあったペットボトルの冷えた水を、おそらく未使用であろうと思われるコップに注ぎ、先輩の口元へ持っていく。

「先輩、水飲んで」
「むり」
「無理じゃない。飲まないと翌日辛いですよ」

まあ、もう手遅れだと思うが……。
俺がしつこく先輩に水を飲むよう言うと、先輩は布団の上に座って渋々水を飲んだ。

「なあ丹生谷……」
「なんですか?」
「……付き合ってるのか、男と……」
「…………え」
「いや、社内で噂になってたとかじゃないんだ。その、俺、この間見たんだ……もう何ヶ月も前だけど、お前が男と二人で……その……歩いているところを」
「……だったら、どうするんですか? 俺が本当に、男と付き合っていたら……軽蔑するんでしょ……」

先輩はふるふると小さく首を横に振った。
そのまま言葉を待ったけれど、先輩は何も言わなかった。

「はぁ……付き合ってましたよ。少しの間だけ……今はもう別れました。お互いに好きな人がいて……ってそれは別にいいや」
「!」
「あ……もう終電ないし、金もないし、今日はここへ泊まらせてくださいね。大丈夫……先輩とは離れたところの……玄関辺りで寝ますから」

ああ、シャワーを浴びたい。明日で良いか。明日先輩が起きてから、風呂場を貸してもらおう。
そう思い、俺が玄関へ向かおうとすると、俺のズボンの裾が強い力で引っ張られて盛大にこけた。

「痛ってえ! ちょっと先輩!」
「ここで寝ればいーだろ」
「はあ?」

先輩の目は潤んでいた。
酔っ払っているにしたって、自分のことを好きだと言った相手に向かって酷い冗談だ。
それを見た俺の怒りは、遂に頂点に達した。

「いい加減にしろ! いくら酔ってるからって、言っていいことと悪いことがあります。俺が先輩のこと好きだったの知ってるでしょ? 俺が必死に我慢してるのに! 俺のことをからかってるんなら、襲っても良いんですか? 知らないようだから言っておくけど、男同士でもセックス出来るんですからね」
「いいよ」

先輩は即答した。
俺が、自分でもびっくりするくらい大きな声で怒鳴っても、先輩は怒らずにその一言だけを返した。
俺は急に怒る気が消失し、変わりに虚しさがこみ上げた。

「……なんでそんな簡単に言うんですか……急にこんな、意味わかんないし……こんな酔った勢いでしたら、先輩が後悔するに決まってる……」

いつの間にか泣いていた。先輩の肩に額をガンガンぶつけて八つ当たりをした。

「……もう俺の気持ちを弄ぶのはやめてください……俺はあんたのこと、忘れようとしてるのに……奥さんになる人もいるんでしょ。俺にこんなこと言って期待させないで……」

先輩は俺の頭を撫でた。

「なあ丹生谷、その話なんだが、俺は結婚なんてしない」
「……え?」
「勝手な噂が飛び交ってて困ってたんだ。この間社内の可愛い子に告白されたんだが、丁重にお断りして……それで怒ったその子が、『他に相手がいるんですか?もしかしてもう結婚されてるの?』とか大声で言いだして……」
「な……じゃあ、先輩は結婚しないってこと……?」
「結婚どころか、付き合っている人もいない」
「……そんな」

よかった。

……よかった?
そうだ、よかった。
俺は大きく大きく溜息を吐いた。安堵の溜息だった。
これで先輩が俺のものになるわけではなかったのに、胸がずっとキリキリと痛んでいたのが、すっと楽になった感覚。
俺のものにならないのが嫌なんじゃない。
勝手だけど、誰かのものになって欲しくなかった。

「だから、丹生谷……お前と今晩どうなったとしても、後悔しないと思う……」

興奮したように紅い、先輩の瞳は俺をしっかりと映していた。
完全に酔っ払って自我を失っていた。
きっと今日、ここで寝ても寝なくても、俺は後悔するだろう。だったら本能に……たまには従ってみても良いのかもしれない。どうせ先輩は、今日のことを何も覚えていないのだ。



「……じゃあ、先輩、キスしても良いですか……もしキスしても嫌じゃなかったら、最後までしたいです、正直、すごく……」

俺が全て言い切る前に、先輩と俺の唇が重なった。
先輩が俺の後頭部に手を回し、自分から引き寄せた。
突然のことで頭が真っ白になってしまった俺を見て、先輩はニヤリと笑った。

「……全然嫌じゃない」
「…………」

次に俺から口付けた時には、舌が絡み合った。
酒臭い。さっき食べた唐揚げの味がする。全然ロマンチックじゃない。
なのに、今までしたキスの中で一番切ない。

「先輩……今日のことは、どうか忘れてください」

俺はそう言って、先輩の背中に手を回し、優しく押し倒した。
着せたばかりのパジャマのボタンを、一つ一つ丁寧に外していく。
先輩の身体は、強張っても、恐怖に震えてもいない。ただ恥ずかしそうに口元を手で覆っていた。
男の身体なんて何度も見たことがある。
それなのに、たまらなく興奮するのは?
本当に好きな人とセックスするなんて生まれて初めてのことだからだ。
ゴクリと唾を飲み込み、そっとキスをする。唇から頬、頬から首筋……。
そしてしばらく鎖骨付近に唇を這わせた後、俺は先輩の小さな乳首を口に含んで愛撫した。
優しく吸ったり噛んだりしていると、乳首はだんだんと硬く、芯を持った。

「んっ……」
「先輩、ここ弱いんですか?」
「そ、そんなことはないっ」
「でもほら、硬くなってるし……」

下半身に触れると、下着に我慢汁が染みて俺の指を濡らした。

「あっ……!」

指についた粘液を先輩に見せつけると、先輩はついに両手で顔を覆ってしまった。少し酔いが覚めて落ち着いていた顔色が、また真っ赤になっている。
反応してくれているようで良かった。これで何の反応も無かったら、虚しいことこの上ない。
嬉しくなった俺は、更に乳首を激しく責め立てた。
ツンツンに尖った先端を舌で押しつぶし、唾液でべちょべちょに濡らしながら上下左右に転がす。
もう片方は先ほど指に掬った我慢汁を塗りたくり、摘んで爪で弱く弾いた。

「うう、ああッあっ」
「んちゅ……すごく反応良いですね先輩……ちくびだけでイっちゃいそう」
「はぁっ、あ、やだ、いかない……っ」

今にも絶頂を迎えそうな先輩を見ていると、意地でもイかせたくなってしまう。
弱々しく舌で転がすだけだった乳首を、今度は思いきり吸ってみる。

「あああっ! やだっ、はぁ、ああっ! んぁ〜〜ッ」

先輩の身体がガクガクと震え始める。
あ、先輩、イクかも。
乳首しか触ってないのに? 感度良すぎて心配になる……。
強めに歯を立ててイかせようとした瞬間、先輩が俺の髪をくしゃっと掴んだ。

「はぁっ、はぁっ、丹生谷……下っ……した、触って……」

息の荒い先輩にもう片方の手で腕を掴まれ、自身の勃起し熱くなったそこに手を当てられる。下着が意味をなさない程に濡れている。
そんなことされたら早く下を触りたくなってしまい、俺はやっと乳首への愛撫をやめた。
乳首は真っ赤に腫れ、どこか名残惜しそうにプルンと勃っていた。

俺は先輩のボクサーブリーフをゆっくりと下ろした。
綺麗に整えられた黒々とした陰毛が見え、あまりの色気に倒れそうになる。
もう少しずらせば、俺がずっとずっと頭の中で妄想し続けた、先輩のそれが。

露になった先輩の性器はムワッと蒸れて濡れそぼり、ぐちゃぐちゃの粘液が糸を引いていた。

「――先輩、舐めていいですか」

たまらない。

先輩は何も言わない。それはイエスのサインだった。
俺は口を開き、先輩のそれに口をつけた。
ぬるぬるしたしょっぱい先走りと唾液を絡ませながら、歯を立てないよう慎重に、口の中に含む。

「あっあっ……」

喉の奥までずっぽりと咥え込み、頭を上下に動かして唇で擦る。

「……指、入れてみて良いですか?」
「ゆ、び?」
「うん……ここに」

俺が先輩の尻穴に中指をあてると、びっくりしたように先輩の尻がきゅっと締まった。

「き、汚いぞ……」

汚いわけがあるか。世界で一番綺麗だ。と思ったが、先輩が恥ずかしがるに決まっているので口には出さなかった。
完全な『否定』ではないその言葉を聞き、唾液で濡らした中指をゆっくり挿入する。

「あっ……あ……あ!」
「痛くないですか?」
「痛くは、ないが……」

ちんこは萎えていない。
気を紛らわせるようにフェラも再開する。
中指は根元まで入っている。指が三本、入るようになったら俺のあれも入る筈だ。
俺は根気よく先輩の尻を慣らした。
酔っ払った勢いでできるたった一度きりのチャンスだから、絶対に最後までしたかった。

「ひぇんぱい、二本目、入れまふね」

ちんこを咥えたまま喋る。
中指と一緒に人差し指も挿入し、抜き差しを繰り返す。
先輩の先走りが尻まで伝い、ローションの代わりとなったお陰で、指の挿入もスムーズになったような気がする。
あと一本、入れてみても大丈夫だろうか……?

「っ丹生谷……」
「どうしました?先輩」
「で……出そうだっ、いきそう……だから、舐めるの、やめ……」
「一回出しますか?」

先輩は首を横に振った。
顔を上げて見た先輩の頬は紅潮し、涙と唾液でぐちょぐちょに蕩けきっていた。

「丹生、谷の……いれてほしい……」

全身の血液が下半身に持っていかれ、眩暈を起こす。
衣服を身に付けていられないほど苦しくなり、俺はスラックスと下着を脱ぎ捨てた。
今まで見たこともないほどにちんこが腫れあがっている。こんなに大きかったっけ……俺の……?
自分でも見たことがないくらい凶悪なサイズになっていて驚いた。

「先輩、嬉しいですけどまだ絶対入らないと思います……」
「な、なら俺も何かやる……丹生谷の舐めたい」
「は!?」
「ダメ?」
「いや、ダメなわけない……むしろして欲しいくらいだけど……先輩大丈夫なんですか?男の……あの、舐めるなんて」
「んん、やったことないけど、丹生谷のなら大丈夫……と思う」

でも俺も先輩の後ろ慣らさないといけないから、どうしよう。

「じゃあどうします?お尻こっちに向けて俺の上に跨がれます……?」
「え? あ、ああ……でもこれ以上あの……ふぇ、ふぇら……されたら、多分すぐイく……」

普段真面目な先輩のあられもない発言と表情にこっちがイかされてしまいそうだったが、ぐっと堪えた。

「えー……でも俺、先輩のちんこが目の前にあったら絶対舐めますけど……」
「な……!?」

そこで、あ、と思いついたように先輩の表情が輝く。
先輩は、布団の横に転がっていたネクタイを手に取り、自分のちんこの根元に縛り付けた。
何をしているのか理解が追いつかない俺を見て、照れながら言った。

「えっと……これで出せないから……と思ったんだが」
「はぁ……なんで先輩ってそんなにエロいの……っ? 本当に男とするの初めて?」
「え!? 別にエッチじゃないだろ!?」
「無自覚かよ……」

先輩が俺の上に跨る。
所謂シックスナインの体勢になり、先輩の顔は見えなくなってしまったが、先輩の性器が視界を満たすのは全然悪い気がしない。
俺は引き続き、先輩の尻を慣らしながらフェラを開始した。ネクタイが顔に当たって少し邪魔だ。

「はは、俺のよりおっきくてなんかムカつく」

先輩は、ちゅう、と俺の亀頭にキスをした。
先輩の小さな口に、俺の質量が押し込まれる。
正直、上手ではない。控え目にちゅむちゅむと啜られるだけで、歯も若干当たっているが、好きな人にされるフェラはたまらなく興奮した。
どんな表情で舐めているんだろう。
それが例え顰めっ面であっても嬉しい。

「んっ、んうっ」
「はぁ……おいし」

デザートでも味わうかのように、ちんこの先端を舌で舐めまわしながらちゅうちゅう吸っていると、先輩のちんこはピクピクと可愛らしく震えた。
出したいだろうな……一度出してしまえば良いのに……?
酔っ払ってるからいつもよりアホ度が増してるのかな。まあそうだよな……俺とセックスするなんて、シラフの先輩ではまず考えもつかなかっただろうし。
暫くその体勢のまま慣らしていると、やがて指が三本余裕で入るようになった。
先輩のちんこははち切れんばかりに赤黒く染まっていて、とっくに限界のようだ。

もうきっと……入るだろう。

俺は先輩を再び下に組み敷き、ネクタイを外した。

「? 気持ちよくなかったか……?」
「そんなわけないでしょ……あの、もう入ると思うんです、先輩のここ……入れてもいいですか」

先輩は顔を真っ赤にしながら頷いた……。



俺は慣れた手つきでゴムをつけ、痛いほどに勃起したそれを先輩の尻穴にあてがう。
なるべく痛くないように挿入を開始したが、先輩はすぐに苦しそうに呻いた。

「痛いですか? 痛かったらやめます……」

言いながらも、俺は挿入をやめなかった。
想像の何百倍も気持ち良い。
頭がバカになりそうで、僅かに残った理性が飛べば好き勝手に腰を振ってしまいそうだ。
こんなの、途中でやめられるわけがない。

「だいじょ、ぶ……もっと奥まで……」

先輩はぐっと俺の身体を引き寄せた。
俺のが、先輩の中に、どんどん飲み込まれていく……。

「あ、あ、はあ……ッ」
「先輩、好きです、先輩っ」

夢中で唇を重ね合わせた。
先輩の息が出来なくなるのもお構いなしに舌を突っ込む。
先輩の尻と俺の腰がぶつかり、全て挿入されたことを確認すると、先輩の許可を得る前に律動する。

「やっ! ……んうっ」

優しくしたいのに。
挿入したら少し慣れるまで待たなきゃいけないのに。
身体が言うことを聞かない。糸のように細い理性が吹っ飛ぶ。
「嫌だ」とか、「痛い」とか、否定的な言葉を言わせたくない一心で唇を塞ぐ。
飲み込みきれなかった唾液は口の端から溢れ、滴り落ちた。
キスをしたまま腰を揺すっていると、先輩の身体がガクガクと震え始め、締まりが一層強くなった。

「っぷは、先輩、ここ前立腺ですかね……?ここ突くとすごい締まる」
「うああっ、やめ……やだっ、そこやだっ」
「気持ちよくないですか……?俺ここ自分で触ったら、背筋びりびりって電気走るみたいに気持ち良くなって、すぐイッちゃうんですけど……」
「なっ……お前、自分でそんな……」
「勉強したんですよ、昔。先輩といつかセックスできることになった時、絶対先輩に気持ち良くなってもらいたいからって」
「……う、あ……!」
「やっと叶った」

何年、夢見ていたんだろう。
この引き締まった身体を、この肌の色を、アレを、何度妄想して抜いただろう。
本物は想像の範疇を超えて官能的だった。
頭がクラクラした。

そしてすぐにまた、涙と唾液でぐちゃぐちゃになった先輩と口付けを再開する。先輩の手が俺の腕を掴み「動かないで」と目で訴える。それでも構わず最奥を穿つ。
もっともっと泣いて欲しくて、空いた手で先輩の乳首を柔く抓る。
すっかり赤く腫れた乳首を触るたび、先輩の嬌声が漏れる。

「ううあ、変、いくっ……イクッ……!」
「俺もいきそう……先輩……」
「んあっ、あっ!ああッッ!」

ビュクッと、先輩の腹に飛び散る白濁を目の当たりにした俺も、その甘い毒のような光景でほぼ同時に射精した。

「……好きだ……」

先輩の唇からぽつりと溢れたその言葉に、再び涙がこみ上げる。
そんなこと……嘘でも言わないで。



先輩は気絶するように眠っていた。
先輩の身体に刻まれた鬱血痕が生々しく、「先輩と一晩明かした」という事実を物語っている。
無我夢中で先輩の身体を貪ってしまった。首筋に痕が残っていないか念入りに確認した。幸いにもシャツで隠れる範囲内で収まっているようだった。

時刻は午前四時。眠れるわけもなく、俺は翌朝の始発の電車で帰った。
先輩が目を覚ましてどんな顔をするのか、見るのが怖かった。

家に帰った俺に、信じられないほどの眠気が襲ってくる。
睡魔と戦いながらシャワーを浴び、布団に潜った。
……今日は会社が休みで良かった。
先輩はきっともう、起きているに違いない。
もしも昨晩のことを覚えていたら、今頃色んな意味で頭が痛いだろうな……。
昨夜の出来事を夢として、忘れていることを願った。
でも心のどこかで、忘れてほしくないとも願っている自分もいたのだ。



 ◇

日曜日を挟んで、月曜日。
今日ほど会社を休もうかと悩んだ日はない。嫌々出社すると、会社の玄関で先輩にばったり出くわした。
先輩はいつもなら、俺よりも早く出社しているので、ここで会うのは珍しい。
俺は緊張しながら「おはようございます」と声をかけた。
しかし先輩は俺を一瞥し、無言で階段を登って行った。
……忘れていなかった。当たり前かもしれないが……。
自分でやったことなのに、後悔で胸が締め付けられる。
「忘れてください」と言ったのに……先輩の馬鹿。なんて、心の中で理不尽な八つ当たりをした。
社内で先輩と業務連絡以外の会話をしないという、半年前からの「当たり前」が、今日は一段と辛い。

仕事中、先輩から「丹生谷、コピーして」と言われて受け取った資料に、クリップでメモが挟んであった。

『昼、屋上に来てほしい』

ドクンと心臓が大きく跳ねた。一体……何を言われるんだろう。
会社を辞めるとか、辞めてくれとか、そんなことを言われたらどうしよう。
先輩の人生を狂わせたいわけじゃないのに。
俺はただ、あの一晩を一生の思い出にしたかっただけなのだ。



――屋上に行くとすでに先輩が、フェンスから高層ビルを眺めていた。
俺に気がつくと、ゆっくり歩いてくる。

「丹生谷」
「……はい」
「今朝は無視して悪かった。あんまり記憶が鮮明に無いんだが、皆から聞いた。丹生谷が介抱してくれたらしいな。ありがとう……ただどうしても、断片的にある記憶のせいで、お前と目を合わせられなくて……」

先輩が恥ずかしそうに俯いた。
先輩、覚えているんだ。嬉しいけれど、先輩にとっては覚えていたくなかったかもしれないな。
 
「いえ、気にしてません」
「限られた昼休憩の時間も無駄にさせて悪いな。お前に言いたいことがあったから呼んだんだ」

暫しの沈黙の後、先輩の方から口を開いた。

「……俺は変なところで臆病で、一度きりしかない人生なのに、あの時、逃げてしまった。バンドて成功するつもりだった。自分は音楽で食っていくんだと、信じて疑わなかった。でもいざ進路を決めるとなった時、急に本当に自分に務まるのか怖くなって逃げたんだ。こんな情けない自分を誰にも見せたくなかったから、高校の頃の皆とは卒業後も全く連絡を取っていなかった」

先輩が口にしたのは意外にも高校時代のことだった。
会社に入って先輩の口からその時代の話が出るのは初めてのことだった。

「知り合いの音楽仲間がメジャーデビューしてテレビに映るたび胸が苦しくなったよ。あの時逃げなければ、きっとあっち側の人間になれていただろう……インディーズとはいえあのバンドのベーシストとしてそれなりに信頼もあって期待されていたのに、裏切るような形になってしまって、後悔しかなかった。ベースに触ることすらできなくなった」

先輩の目に薄っすらと涙の膜が張っている。
俺は……何も言えない。
こんなに真剣に過去を悔やむ先輩に、ただ「先輩がいない」という理由だけで音楽の道を諦めた、ちっぽけな俺がかけられる言葉はない。

「だから次は後悔したくなかった。お前とのことを、逃げずに考えたかった」
「先輩……?」

先輩は俺を見て、むっと怒ったような表情を浮かべる。

「あのなぁ丹生谷……俺は……もう三十、生まれて三十年経ってるんだよ。お前のことは後輩としてとても好きだけど、突然今までの人生になかった選択を迫られてみろ。すぐに答えが出せるわけないだろ……悩む時間をくれよ」
「えっ? す、すみません……?」
「同性愛についてはよく知らなかったから、半端な返事をしたら余計にお前を傷付けるだけだろうって、毎日毎日勉強した。この半年間、お前のことを考えない日はなかったよ」
「…………」

「改めて、付き合ってほしい。好きだ……丹生谷」

――夢?
あの夜、あれから俺は眠ってしまって、その続きの夢を見ているのだろうか。
もしかして今はまだ、一昨日の夜中なのだろうか?
先輩は真剣に考えてくれていた。俺の想いを。
それなのに俺は、先輩に拒否されたと勘違いして、一人で拗ねて、一人で勝手に怒って、泣いて……子供みたいだ。
半年間必死に考えて、先輩がやっと出してくれた答え。

「でも先輩、何で今、俺の気持ちにこたえてくれたんですか……? 俺のどこが好きだと思ってくれたんです……?」
「んん? んー、強いて言うなら顔」
「は?」
「嘘だって。怒るなよ。理由……理由なあ。難しいな。逆にお前って俺のどこが好きなの?」

理由……? 俺は先輩の男らしくて頼り甲斐があって……仕事ができて……。
……いや、違う……違うよな。
先輩よりも男らしくて頼り甲斐があって仕事ができる人なら、きっと社内に何人かはいるはずだ。
先輩のように髪が短くて、ニキビ知らずの肌で、細長くて綺麗なちょっと骨ばってる手の持ち主もきっと、社内にはいないけど、外の世界にはいる。
でもその人たちでは駄目なんだ。先輩という、たった一人の人間じゃなきゃいけない理由が……。
先輩は俺の手を取った。

「よく考えてみると、理由なんかないだろ。別に理由がなくても人は人を好きになるもんなんだろう」
「……そう、なんですかね? 全然理由がないことへの言い訳のような気もするけど……」
「あとはお前の強引さだな。あと、泣き虫なところ、すぐ病むところ、いじけるところ……?」
「顔以外短所ばっかじゃないですか!」
「優しいところが長所の人だって、その優しいところが時には短所になる場合もある。その人の何処が、じゃなくて、その人の長所も短所も全て、理由もなく好きだって思えないとな。俺はお前の、昔から変わらない性格ありのままを、いつの間にか好きになってた」

その「好き」の言葉は、俺に向けられたものなんだと、数秒後に気が付いて頬が熱くなった。

「それに、これからもっと好きになる気がする。お前のこと……」

先輩が優しく微笑んだ。
なぜか十年以上も前、先輩とたった一年、一緒に通った高校のことを思い出した。
強引に俺を部室へ引きずっていった先輩。初心者の俺にベースを基礎から教えてくれた先輩。ベーシストとして輝く先輩。

好きという気持ちはあの頃のまま、変わっていない。
今の、カップラーメンが大好きなところも、わざわざ熱湯をマグに入れて持って来るところも、屋上が好きだからと頑なに他の場所で昼食をとらないところも、「先輩」だから、こんなにも愛しいんだ。
まるで本物のアーティストみたいだった、あの輝かしい時代の先輩じゃなくても。そこに明確な理由がなくても……。



「……今度、一緒に楽器屋行くか。久しぶりにベースを弾きたくなってさ。まだ弾けるかな」
「…………」
「はは、相変わらず泣き虫だなぁ丹生谷は。そんなんじゃ午後の業務に支障が出るだろ。男前が台無しだ、泣き止め」
「はい……」

先輩は、Yシャツの袖で俺の涙を強引に拭った。

――先輩、俺ってダメな奴だよ。
先輩を笑わせる楽しい話もできないし、その話題もトーク力も愛想もない。

それでも今度は、先輩にベースを教えてあげる。
だって俺はずっとずっと、ただ一つの先輩との繋がりであるベースをやめられなかったから。

(END)

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