チョコと魅惑のラズベリー




「わぁ〜おいしーいっ!」
 辺りに響いた自分の声にハッとして口をつぐむ。正面のダイゴさんは優しく微笑んでいるけれど、隣のテーブルに座った家族連れのお客が一斉にこちらを振り返った。最初から店内に流れていたであろうオシャレなジャズのBGMが、冷静になった私の耳にもやっと聞こえ、自分のはしゃぎように思わず肩を竦めた。
「ご、ごめんなさい。ほんとにおいしくて、つい」
「いいや全然。むしろ君の満足そうな感想が聞けて嬉しいよ。……寒くないかい?」
「うん、平気だよ」
 冬だというのにチョコレート味のソフトクリームを注文し、大きな歓声を上げる子どもっぽい私とは対照的に、熱いブラックコーヒーにすぐに口をつけ、落ち着きのない私にイヤな顔一つ見せない大人のダイゴさんは自慢の素敵な恋人だ。
 アイスを舐めつつ、一緒にヒンバス釣りに出かける予定を立て、彼が欲しがっている石の話を聞き、いつかマスターランクのコンテストに出場してみたいという夢を語った。私が長年温めてきたその夢の内容を打ち明けた時、ダイゴさんは慈しむような目をして私を激励してくれた。
 絶対に叶うよ。応援してる。一緒に頑張ろう。
 彼の熱く優しいまなざしや、控えめだけど力強い声のトーンが私を最大限に勇気づけ、支えてくれた。巷に溢れている言葉だけど、彼からのメッセージというだけでこんなに晴れやかで満たされた気持ちになれるなんて。
「じゃあ、僕の夢も聞いてくれるかな。たぶん初めて話すんだけど」
「私分かるよ! きっと石関係だよね? あ、石の科学者とか!」
「はは。うん、そうだね。それも当たりなんだけど……」
 彼は続きを言いかけて、アイスが溶けてコーンにまで垂れていると慌てて指摘する。本当だ、話に夢中になり過ぎて気づかなかった。手首をくるりと返し、溶けた裏側の面を急いで舐める。するとチョコの甘みの中に、ほのかな甘酸っぱさを感じた。見ると赤紫色のソースが混ざっている。ラズベリーだ。これが見た目と味わいに粋なアクセントをきかせている。
「……ああ。やっぱりここじゃ言えないな」
「えっ、ここまで言ったんだから話してよ〜」
「分かった分かった。帰ったらちゃんと話すよ」
「ええ〜!?」
「ほらアイスが垂れるよ?」
 お預けを食らった私は駄々をこねつつ、舐めても舐めても四方八方から溢れだすアイスクリームと格闘し続けた。額に手をやり俯いた彼は、耐えきれなかったのか肩を小刻みに震わせている。頬を膨らませてダイゴさん、と呼ぶものの彼は顔を上げない。
「ごめん。君があまりにも必死だから、おかしくて」
「もうっ」
 ふと、人差しと親指の又の上に冷たさを感じた。ついにチョコがコーンを握る手の上に垂れてしまったのだ。
「あーあ。頑張ったのに結局べとべとだー」
「ちょっと手、貸してくれる?」
 ようやく笑いがおさまった様子の彼は、自分のポケットに手を入れる。きっと優しくて大人なダイゴさんのことだから、垂れたアイスをハンカチで拭ってくれるんだろう。私はその厚意に甘えようと、左手にアイスを持ち替えてチョコのついた手を彼へと伸ばす。
 彼はそっと私の手首を掴み、ハンカチではなく端正な顔を近づけた。少し伏せられたまつ毛の下で、迷いのないアイスブルーの視線が私の手の輪郭をなぞる。
 胸の鼓動が速まる。そのまま動く様子のない彼を不思議に思いつつも、彼の瞳から目を離せずにいた。
「あの、ダイゴさ……えっ!?」
 生温かな湿度を保ったものが、指の又を這う。ぴくりと体を震わせる私はお構いなしで、ダイゴさんはラズベリー色の舌で私の手、もとい溶けたアイスをじっくりと舐めとる。一瞬盗み見た彼の澄み切った双眸には、見たことのない得体の知れぬ熱が揺らめいていた。
「やだ……やめて」
 恥かしさで顔から火が出そうになり、私はとっさに顔を背けた。幸いにも隣のテーブルに座っていた家族連れはもう居ない。見ている人も、誰も居ない。
 それに安堵したのも束の間、ダイゴさんはチョコレートのついていない人差し指の先へと舌を這わせ、それを小さく開いた唇でおもむろに食んだ。
「……っ」
 吸われる指を引っ込めることもできず、彼を止める声もでない。ピアノとトランペットが織りなすジャズミュージックが、映画の挿入曲のようにやけに大きく、象徴的に聞こえる。左手で握ったアイスはふやけたコーンの上を滑り、左手の隙間から滴り落ち、白いテーブルをぽつぽつと汚していく。
 分からない。どうしてこんなことを……?
 自分の鼓動に耐えきれなくなって俯くと同時に、指先がひやりとした外気に触れる。ホッとしたのに、胸の高鳴りはまだ止まない。
 指を放したダイゴさんは声の調子を落とし、今度こそハンカチを取り出して指を拭った。
「ごめんね。最初からこうしようと思ってたんだけど、つい魔がさしちゃって」
「つい、って……。いきなりで、ほんとにびっくりした……」
「ごめん、だけどこれはさっきの話と関係があるんだよ」
 私は赤い顔のまま、言い訳じみたことを言う彼に訝しげな視線を注ぐ。
「本当かなあ……まあいいや。さっきの話って、ダイゴさんの夢のこと?」
「うーん。夢というか、これは願望かなあ」
 腕を軽く組み天井に目をやった彼は、少し経ってからこちらを見て言った。
「僕は、君を大人にしたいんだ」
「お、オトナッ!?」
 どういうことだろう。それは私があまりにも子どもっぽくて呆れられているから?
「そうだね……できる範囲でいいから、これから少しずつでも慣れて欲しい。僕が抱き寄せたり、キスしたり……それ以上のスキンシップを求めることに。もちろん君が嫌がることはしないよ。だけど、ただ甘いだけじゃなくて、時には刺激が必要だと思うんだ。そのチョコアイスに混ざった、ラズベリーみたいにね」
 茶目っ気たっぷりのウインクを送られ、私は彼の言葉を反芻し、瞬きを繰り返す。つまり彼は、好きだと囁き合うだけでは飽き足らず、私たちの関係を更に深めたいと思っている……。
 ようやく意味を理解した私は、真っ赤になって情けない声をあげながら俯いた。そして視界に入る、べとべとに溶けた常温のアイスクリームにやっと気づく。
「ぎゃー左手が茶色になってる〜!?」
「っはは、落ち着いて。どうする、また僕が拭ってあげようか?」
「いいっ! これは自分で食べるっ!!」
 彼はハンカチをテーブルの真ん中に置き、あの瞳の熱とかすかな微笑みを隠すかのように、コーヒーカップに口をつけた。
 なんだか先が思いやられるけど、彼の願望を叶えられるよう、私も一応努力はしてみようと思う……。


end.






うちのダイゴさんはスケベ(確信)
ちょっぴり新年を意識して書きました。

20160104〜20160430



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