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▼噂をすれば影 (クチナシ)

「絶対好きだよね、クチナシおじさんのこと」
 思いがけないアセロラちゃんの発言に、私は飲みかけたおひやを吹いた。咳き込む私の背中を、彼女は無邪気に謝りつつさすってくれる。
 マリエシティの料亭『ローリングドリーマー』は客の声で賑わっている。何も異変は起きていない。それなのに、何かが起きたように思うのは、自分が注目されているような気がしてならないのは、彼女に心の内を指摘されたからだろう。
「そっそんなことない、絶対ないよ」
「嘘だー。アセロラ分かるよ、会ってからずっと楽しそうにおじさんの話してるもん」
「ないないない!」
 手をぶんぶんと振って否定するものの、彼女はニヤついた視線をこちらに投げたままだ。私は必死に否定する。
「だって相手はおじさんだし」
「年の差ラブって良いと思うよ」
「ふ、不良っぽいところあるし!」
「おじさんはああ見えても警官だよ?」
「野良ニャース飼いすぎだし!!」
「ポケモン想いで良いんじゃないかな??」
 何を言っても彼女は上手に返答してくる。ああ、他に何を言えばいいんだろう。彼の欠点を探そうと頭を働かせるけれど、これ以上何も出てこない。もっと言うと、好きな所しか思い浮かばないのだ。
 ポケモンとの接し方について、あるいはもっと取り留めのない小さな相談に対して、的確に、そして押しつけがましくない回答を出してくれるところ。何も喋らなくても隣にいるだけで心が安らぐ、あの安心感と包容力。哀愁漂う背中も好きだけれど、私と会ったときや私をからかった後、片方の口角を上げた、あのニヒルな笑みもたまらない。
 もちろんそれだけじゃない。他にもたくさん挙げられるのだけれど、今はそんな想像を頭から追い出さなくてはいけない。早く料理がでてきたらいいのに、そうしたら違う話題に変えられるのに。
 そのとき、私の心の叫びを聞き届けてくれたのか、「お待たせしました」と声がした。待ってましたとばかりに振り向けば、頼んだZ懐石が目の前に置かれた。彩り豊かで、写真でみるよりも数倍美味しそうだ。
 いただきます、と声を揃えて料理を口に運ぶ。これで話題は目の前の料理の話に移るだろう。
「アセロラ、お似合いだと思うけどな」
「えっ本当!?」
 笑顔で食いついてしまった私を誰か笑って欲しい。ほらやっぱり、と笑う彼女の視線に耐えきれず、熱くなった顔を覆う。ああ、これで完璧におじさんに恋をしているとばれてしまった。
「ねえねえ、告白しないの?」
「告白なんて」
 考えただけで顔から火が出てしまう。大体、大の大人に告白したところで私のような子どもなんてきっと相手にしない。
「おじさんは私のこと、なんとも思っていないと思うし……」
「おじさんがどうかしたか」
 心臓が大きく跳ね、手からお箸が落ちた。慌ててふり返ってみると、そこには今最もいて欲しくない人、クチナシおじさんがいた。
「もしかして二人でおじさんの話、してたのか。気になっちゃうな」
「ちっちが、ちがっ、おじさんじゃなくて、お、おじ、おじいさんの話を!」
 慌てふためく私の横で、アセロラちゃんはくすくすと笑っている。笑ってないで助けて欲しい!
「ま、お二人さん楽しく食べな。奢ってやっからよ」
 彼は、ポケットからよれよれのがま口財布を出し、そこから折りたたんだ二枚のお札をテーブルに置いた。断ろうと胸の前で両手を振る私の頭に、彼はぽんと手を置く。そしてくしゃりと頭を撫でた。
 私に尻尾が生えていたなら、きっとぶんぶんとちぎれんばかりに振っていただろう。おじさんに触れてもらえた、それだけで胸はきゅうんと、矢に射貫かれたようになるのだから。
 そういう気持ちがある反面、悲しさもある。きっとおじさんは私を子どもとしか見ていない。私ばかり意識しちゃってつくづく不平等だな、とも。
 手が離れると、彼は無言で離れた席の方へ歩いていった。アセロラちゃんがふふふと笑う。
「噂をすればなんとやら、だね。ラッキーだったねっ」
 そう、ラッキーだったのだろう。彼に会えたことも、ご飯を奢ってくれたことも、頭を撫でてくれたことも。そして、子ども扱いされているからこそ、この想いを伝えなきゃならないと思えたことも。
「よし食べるぞ!」
「お箸、落としてるよ」
「あ」

 それから数日後。
 勇気を出して、ポータウンの交番を扉を叩いた。何匹ものアローラニャースの視線が一斉にこちらに注がれたが、肝心の彼の姿は見えない。がっかりするどころか、ホッとしてしまうあたり、つくづく自分は臆病だなと思わず自嘲してしまう。
 珍しく近寄って来たニャースが私を見上げる。ポケモンフーズを貰いにきたのだろうか、あいにくそれは持っていない。何もないよ、と言ってもその子は私から離れなかった。
 誰もいない交番でニャースを抱え、ソファに座る。あの人は来るか、来ないか。花占いをする代わりにニャースの毛並みを撫で続けた。
「ご主人は優しい? 優しいよね、毛並みがツヤツヤだもん」
 高級なポケモンフーズをあげているのか、丁寧にお手入れをしてもらっているのか、ニャースの毛は鈍く銀色に光っていた。彼がニャースにご飯をあげる姿、ブラッシングしてあげる姿を想像すると、自然に笑みが零れる。彼もこんな風に微笑んで、ニャースのお世話をするのだろうか。
「ご主人のことは好き? ふふ、残念。きっと私の方が好きだよ」
 にゃあ、と鳴いた。それは抗議の声なのかもしれない。それにしては声音が穏やかだと思っていたら、突然、雨音がよく聞こえるようになった。ドアが開いたのだ。顔を上げなくても分かる。噂をすれば、なんとやら。彼が帰ってきたのだ。
 胸は早鐘を打つ。上手く、言えるだろうか。上手く、気持ちを伝えられるだろうか。
 いや、下手でも良い。ありふれた言葉でも良い。好きだということを伝えられさえすれば、それで良いのだから。
「お。ねえちゃんいたのか」
 彼の片方の口角がにっと上がる。私はニャースを抱いたまま立ち上がった。
 お願い神様、この恋を叶えてください。
 震える唇で、すっと、息を吸った。


end.





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