日は沈みまた昇る




出発の日の朝。
窓をいっぱいに開けて、緑に囲まれた清々しい空気に、別れを告げる。

戦争は終わった。
それでも休む間もなく、私とリーは、砂隠れの里での任務を命じられた。
今は全国が復興に向けて忙しく、特に同盟国である風の国の人材不足が深刻らしい。
砂の里での任務経験のある私たちを含め、十数名が選出された。

片道3日間の長旅。
馴染みのないメンバーでマンセルを組むより、
私はリーと二人だけで砂の里へ向かうことを求めた。
火影様はそれを反対しなかったし、リーも同意してくれた。

出来れば、心を許せる人以外とは会いたく無いほど、私は精神状態が不安定になっていたから。

戦争は終焉し、復興へ向かい、もう誰の血も流れることはないのだと分かっていても。
憂鬱は続く。
平和を取り戻しても、現実味がなくて。
心の中がひどく不安定なのだ。
多くの死を目の当たりにしたせいだろうか。

…ぼんやりと時計も見ずに準備をしていたら、気付くと手集合時間が迫っていた。
昼食用に作ったおにぎりをひとつ撮み食いして、走って集合場所へ急ぐ。

少し遅れてしまったけど、その間リーはいつものように腕立て伏せをして待っていた。
何年も変わらない修行をする彼の姿。
それも随分久しぶりに見た気がする。

昔と比べ、彼の体つきは大分たくましくなった。
内面も大きく成長した。
きっとこれからも。
変わっていくのだろう。
だけど、どんな出来事があったとしても、
大事な信念の部分だけは、変わらずにそのままでと願う。

門の前で待ち合わせをして、任務へ向かう『久しぶりの日常』。
それがどれだけ尊いものなのかを思い知る。
普通の任務に戻れることだけでも幸せな事。

以前と違うのは、そこに不機嫌そうなネジの姿が無い事。
彼の事を思い出す度に泣きそうになってしまう。
無理矢理にでも笑顔をつくってから、リーの傍へ歩み寄る。

「ごめんね、待った?」
「はい。僕は10分前に来ていたので」
リーは本当に正直。
もしデートだったら、それがあだになりそう。

「でもおかげで修行が捗りましたよ。じゃぁ…行きましょうか」
「うん」

リーもなんとなく浮かない顔をしているな、と、私は気付いた。
声にいつもの張りが無い。


3時間ほど走り、お昼の休憩時に私が今朝作ったおにぎりをあげた。
嬉しそうに笑ってくれて、ホッとした。
リーはおにぎりが大好きだから。
シャケ、おかか、梅干し、昆布、用意した分を全部あっという間に平らげてしまった。
「美味しかったです!ありがとうございますテンテン」
「良かった」
リーのほっぺたに付いた米粒を見て笑っていたら、彼はきょとんと首を傾げた。
可愛い。
もう少しだけ笑ってやってから、指摘して上げよう、っと。


それからさらに3時間ほど走ると、空気が乾燥しはじめた。肌がひりひりしてくる。

そして周りの景色が一変した。
一面の砂漠。
砂隠れの里は、この壮大な砂漠を抜けた場所にある。



過酷な環境にある…砂の里。
数年前、リーに酷い怪我を負わせた人物が治める…砂の里。

その里を治める風影の我愛羅は、若くして戦争で全体の指揮を取り、今では世界中から偉人として崇められている。

個人的に彼は少し別次元の人という感じがするし、どうも苦手。
初めての中忍試験で、リーは命と信念を懸けて彼と戦い、
酷い怪我を負わされて、夢を一度は失いかけて…
今思えば無謀過ぎる戦いだった。
ガイ先生が止めに入らなかったら、リーは一体どうなっていたんだろう…
もし手術がうまくいっていなかったら…

私は今頃、ひとり、取り残されていた。

今思い返してみても、時々怖くなる。

リーはあの出来事を完全に乗り越えているとしても、私の心の底には少し蟠りが残っていて。
私にとって、あれは一種のトラウマになっているのかもしれない。

仲間が傷つく姿は、これ以上見たく無い。
もう二度と争いのない世界であってほしい。





「テンテン、マントを羽織りましょう」
「…うん」

照りつける太陽、熱風、視界を遮る砂嵐。
私たちを取り巻く環境は、歩を進める度に悪化していった。
地表は、さらさらと流れて姿を変えて、方向を見失いそうになる。

(喉渇いた、疲れた…砂が目に染みて痛い)

私の頭の中は、そんな事でいっぱいになっていた。
地熱で虚ろう蜃気楼。本当は疲労と熱中症からくる幻覚かもしれない。

勢いを落とさず走り続けるリーの後を必死に追いながら、いつ「休憩を取ろう」と言い出そうか、タイミングを見計らっていた時。

リーが突然、足を止めた。
私は彼を追い抜いてしまった後、振り返った。
「リー?」
「あそこに岩陰があります」
「え?…あ、ほんとだ」
「少し休みましょうか」
「…うん」

リーの呼吸は少しも乱れていない。
(ほんとに体力あるなぁ…。)
感心すると同時に羨ましくも思う。

彼はまだまだ走れるのに、きっと私に気遣って言ってくれたのだろう。


大きな岩と岩が重なって、日陰になった場所は、誰かの焚き火の後が残っていた。
ここは砂漠を通過する上で、多くの人が休憩地点に選ぶ場所なのかもしれない。

「砂漠の夕日は綺麗ですね」
沈み行く太陽を見送りながら、リーが呟く。
たしかにとても綺麗だった。
何も遮るものが無くて、ただ地平線と半分沈み掛けた太陽が見えた。

リーは何かとよく太陽を見ている。
その大半は、ガイ先生と一緒に涙を流しながら熱く青春を語る時、だけど。
ただでさえ暑いのに、あの暑苦しさを思い出したら、ちょっとうんざり。
だけど少し可笑しくなった。

私は笑っていたら、隣のリーも笑った。
「少しは元気になりましたか?」
「うん」
彼の肌はオレンジ色に染まり、まんまるの目は陽光が反射してキラキラと輝いていた。
瞳に太陽が映ってる。

(…きれい。)

「テンテン、目の中に…、夕日が映ってきれいですよ」
「え!?や、やめてよ、あんたがそんな事言うなんて」
「あ、すみません、思わず…本当にそう思ったから、言ってみただけです」

今、一瞬、同じ事を思ってたんだ。

「リー、あんた、暑さにやられたんじゃない?」
「テンテンこそ…」
「あたしは疲れてるだけよ」
「僕もですよ…」
「え?あんたが?」
「体は疲れていないのですが…心が疲れています…」
「…リー…」

彼は俯きながら呟いた。

「…今回はガイ先生も別任務なので、調子でないし…」
「…寂しいの?」
「はい。テンテンは寂しくないのですか?」
「うーん…」
寂しいのは認めるけど、特に同意せず、私は苦笑いするしかなかった。

「私と二人きりじゃ不満?」
「いえ、そういうわけでは…だけど…」



任務で砂隠れの里に向かうのは、二度目の事で、
あの時はガイ班として、ナルトやサクラの援護に…

(あの時はネジもいた。)

お互い、思っていても、決して口には出さなかった。
たぶんこれからも。
全ての憂鬱と悲しみは、そこからくる、なんて。

「リー、分かってるよ…何も言わないで」
「……。」

言わないし、言えない。
ネジとの思い出が、何か有る度に過ったとしても、私たちはそれを語ることはしない。
今はまだ、彼を過去の人に出来ない。

ネジは、この広い世界のどこかで生きている気がする。
太陽が沈むみたいに。
見えなくても、どこか別の世界を照らしているのだと。

そう思いたい。

夕日はゆっくりと沈んでいく。
昼間の灼熱は太陽が沈むと共に消え去った。
砂漠は寒暖の差が激しい。


「そろそろ行きましょう、テンテン」
「うん」

リーが私に手を差し伸べて来た。

それだけのことなのに、私の目から、涙が出て来てしまった。

彼の驚いた顔を見て、私はそれに気付いた。


「ごめん、砂が目に滲みて、痛くて…」
「僕もですよ」
「すごく、痛い…どうしたらいいの…?」
「大丈夫ですよ…」
「大丈夫なんかじゃない」

それでも、走らなきゃ。

まだ目的地までは、ほど遠い。
私たちは寒さと痛みに耐えながら、夜通し走り続けた。

砂漠の夜は、真っ暗だった。
光一つない。

進む方向が分からない。
ネジがいないから。

逸れない様に、手を繋ぎながら走った。

「僕はずっとそばに居ますから…」

リーの手も震えていた。

彼に、守ってほしいなんて思わない。
ただずっと、そばにいて。

「約束します」

リーは、それ以上何も言わずに、強く握り締めた手に力を込めた。

傷だらけで、細いのに力強い手。

私は、涙が乾くのを感じた。

進む方向が分からなくても、私は彼について行こうと、
心の中で静かに思った。













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