君とタオルとソーダ水



蝉の声は、真夏の気温を三度くらい上げている気がする。

シノには早朝にメールしたのに、返事が来たのは夕方になってからだった。
どうやら塾の夏期講習があったらしい。

夏休みのほとんどを、しかも最終日まで塾に費やすなんて、優等生にも程がある。



いつもの公園で待ち合わせをして、やっと会えたのは17時過ぎだった。
日は傾きかけているのに、気温はまだ一向に下がらなくて暑い。


「シノ、これ、やるよ。」
「・・・悪いが、俺は甘い飲料水は苦手だ。」

買ったばかりの時はキンキンに冷えていたラムネは少し温くなっていて、
しかもそれは虚しく突き返されたので、
仕方なく自分で飲むハメになった。

散々待たされたあげく、この連れない態度。
だけど今日に限っては、文句を言うのは控えようと決めていた。


「夏休みの課題・・・終わったか?」


公園の古びたベンチで、片膝を左手で抱え込み、
右手でラムネのビー玉を意味もなく転がす。

「当然だろ、明日は始業式だ。」

わざわざ聞くまでもない問い掛けと、用意されていた様な当たり前のシノの返事。


「なんで、今日呼び出したか・・・分かる、よな?」

「どうせ泣きついてくると思った。」

その横顔は少し疲れているのか、それとも呆れているのか、
どちらにしてもシノは淀んだ顔をしていた。


「諦めないだけ偉いだろ。」

「少しも偉い要素は見当たらない。計画的に進めれば良い物を…
あとどれくらい残ってるんだ?」

「・・・まぁ、とにかくさ、お前んち行っていいだろ?今から。」

こんな簡単な事を言うために、俺は朝からずっと落ち着かないままだったのに、
シノは分かってるんだろうか。

多分、何も分かってない。
悔しいな。
そう思いながら、額から流れ落ちる汗を、手のひらで拭う。

「・・・まず汗を拭け、キバ。」

シノは鞄から、綺麗に折り畳まれたタオルを差し出して来た。

俺は少しためらいながら受け取った。
こいつの家の匂いと洗剤の香りがして、軽い目眩を覚えた。


「もう一日あれば良かったな・・・夏休み。」
「あと一日あれば終わったのか?」
「・・・いや、」

そしたら明日お前にメールしてた。


「もっと早く会いたかった・・・。」

西日が眩しくて、シノのタオルに顔を埋めながら、恥ずかしい言葉を呟く。

夏休みは長かった筈なのに、
気付けばあまりに短くて。

勇気が出なかった事を今更後悔していた。

シノの匂いに気持ちの枷が外れ、知らずに溜め込んでた思いが零れ落ちる。

「もっといっぱい会いたかった・・・。何でお前、連絡よこさねぇんだよ・・・。
そりゃ俺も、ほとんど毎日部活だったけど・・・オフの日も少しはあったんだぜ・・・。なのに、お前は塾ばっかり行ってるしよ・・・。」

愚痴らないと決めていたのに・・・
結局、どこかのめんどくさい女みたいに嘆いている自分が酷く格好悪く思えて、吐き気がした。
それでも言わずにはいられなかった。

どんな顔してお前は俺の愚痴を聞いてるのか、今は見る余裕が無い。

夏はまた来年も、その次も、何度だって来るのに。
どうして、何に対して、俺はこんなに焦るのだろう。

宿題なんてどうでもいい。
終わらなくたって別にいい。
ただ、今日が終わってしまう事が寂しい。







突然、シノの熱い腕が、俺の肩に回って来るのを感じた。

びっくりして顔を上げた、その瞬間、抱き寄せられて、キスをされた。

一度だけ、短く微かに、互いの唇が合わさった。

外なのに、公園なのに、誰か見ているかもしれないのに・・・・

優しく触れた唇から、熱の籠もったシノ声が零れ落ちて、溶けてしまいそうになる。

「悪かった・・・キバ・・・俺も、会いたかった・・・。」

「シノ・・・。」

「だが、どう誘えばいいか・・・分からなくて・・・。」

シノのくれた慣れない口付けと、俺と同じ余裕の無い瞳。
体温が一気に上昇して、胸が苦しくなった。

なんだ、悩んでたことは同じだったのか。

会いたいけど、会えない。
誘いたいけど、勇気が出ない。
素直になれない。 
好きで好きでたまらないのに。

こんな気持ち、俺はうまく云えない。

顔が焼けるように熱い。
シノのタオルに顔を埋めて、

「ごめん。」

俺が弱々しい声で呟いたら、
シノも、ごめんと言った。



違う、本当は、シノのせいじゃない。

俺が変わらなきゃならない。
少しずつでも変わっていければいい。

夏は何度もくるけど、16歳の今この時は二度とこないんだ。

ラムネのビンの中で、ビー玉がカラン、と弾ける音がした。















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