夕星




 歩く度に踵が抜けるローファーを履いて学校を出た。入学当時はがばがばなものだから、靴が脱げない様に歩くのが大変で、歩く事に人一倍疲れていた。けれど、そんなわたしも今では二年生で、しっかり地面に根をはって生きている。いつもの道、いつもの風景、おだやかな気持ちで、あたたかい我が家へ足を進めていく。
 ただ、一つだけ、わたしの日常の中に、不穏当な点があった。それは同じクラスの、神代くんだ。神代くんは学校内で、札付きの不良だとか何とか、言われている。大人しくしていれば接点なんて出来ないのだけど、運の悪いことに、接点と言っていいのか分からないけど出来てしまっていた。何でもわたしの帰路の、ちょうど途中から少しだけ曲がった所に面して、ゲームセンターがある。神代くんはそこの常連さんなのだ。遊馬くん情報だから間違いない。それを聞いてから、ゲームセンターの近くを通る時はいつもどきどきしている。近くを通るだけなのだから、臆することなんてないのかもしれないけど、わたしは臆病で小心者だから、怖いものは怖い。神代くんにプリントを渡すだけで足が震えそうになる。だから、今日も、息を潜めて通りを歩く。

 踵から抜けたローファーが地面に擦れて、音が鳴った瞬間、突然雨が降りだした。ゆうだち。咄嗟にその四文字が脳裏を駆け巡る。わたしは今、傘を持っていない。通りにあるお店の周りも、雨宿りが出来そうな軒下ではない。落ちてくる水滴が、わたしに、現実を見ろと言っている様だった。現在の位置から照らし合わせると、一番近い距離で、雨をしのげる場所は、ゲームセンターしかなかった。

「ひっ、冷たい……うう」

 ゲームセンターの入り口の前で、体を震わせる。己の運命を呪った。冬ではないけど、濡れてしまえば寒いものは寒かった。その時、いきなり後ろから、可愛らしいカエルさんがプリントされているタオルと共に、わたしが恐れていた人の声がした。

「……てめぇ、何してんだよ。風邪ひくぞ」
「へ……、えっ!? うわああ、かみ、神代くん! なんで!」
「騒ぐな。それで髪でも拭いてろ」

 神代くんはカエルさんのタオルをわたしの頭に被せて押し付けた。ちょっと痛い。でも今は、それ以上に、頭が疑問でいっぱいだった。神代くんと話したことなんて、ちょっとした挨拶や配り物の時の一言程度しかなかったのに、神代くんはわたしのことをクラスメイトとして覚えていてくれているらしかった。

「あり、あ、ありがとう……でもこれ、いいの?」
「勘違いすんじゃねぇ、当たった景品がショボかったからやっただけだ。みょうじのためじゃねぇ」

 あ、わたしの苗字。不意を突かれてぼーっとしていると、彼は何も言わずに、タオルでわたしの髪を軽く拭き始めた。神代くんは見た目によらず、面倒見のいい人なのかもしれない。彼への興味が膨れ上がって、どきどきした。

 突然の雨にゲームセンターの中もあまり賑やかではなくなってきたようで、色んな人が自動ドアをくぐり、綺麗な傘をさして歩いていく。わたしも神代くんも傘を持っていないから、二人で、それを眺めながら、雨が止むのを待った。何となく手持ちぶさただった。さっきからずっと、だんまりして隣にいる神代くんの気持ちが気になって顔を見ようかと思うけど、やっぱり恥ずかしさと少しの恐怖で出来なかった。顔は見られなくても、声は出せるはず。あわよくばもう一回、わたしの名前を呼んでくれないかな。勇気を振り絞って「雨、止まないね」と言おうと空気を吸い込んだその時だった。「雨、止まないな」と、神代くんがそっぽを向いてそう言った。びっくりして、嬉しくて、うまく返事が出来た気がしなかった。




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