確信




 今日は最悪な一日だと思う。今朝、天気予報を見てきっちり傘を持ってきたにも関わらず、予報通りに雨が降りだした今、私は自分の傘の行方が分からないままでいる。確かに教室の傘立てに立て掛けたはずなのに。これはとても不思議なことであり、傘を盗まれたということを意味していた。知る限りでは、同期生に似たような傘を持っている子もいないため、私は、水ぼらしく濡れて帰らなければいけないらしい。全くもって良くないことだと思う。のちに耐えなければならない苦痛に、今日の朝はいつもより早起き出来たことも、遊馬君とのデュエルでようやく勝てたこともすっかり頭の中から抜けていった。
 重くなっていく足を、引きずり歩いて教室を出る。念のために、外の傘立ても見ておこう。そう決心した時、後ろから声がかかった。この声は、確か、真月君だ。わりに席が近い方だから、何度か話したことがある。
 真月君のことは、少し、苦手かもしれない。彼は親切にも、授業を休んでノートが取れなかった私に、ノートを写させてくれたり、私が困っていると、何かと労をしてくれるのだ。ありがたいけれど、それが何となく取っつきにくかった。

「あれっ、なまえさん、傘忘れちゃったんですか」
「ううん、持ってきたんだけど、誰かにとられちゃって」
「それはいけません! 誰が犯人なのか探さないと!」
「あっ、ああ、大丈夫大丈夫、そんなことしなくってもいいよ! また買えばいいことだし」
「そうですか……」

 そういう真月君の顔つきは、確かに眉が垂れていたけど、どうにも残念そうに見えなかった。それから、彼は考え込んでいるのか、顎に手を当ててしばらくうんうんと唸った。また何か言い出すのではないかとはらはらして見ていると、やっぱり、思い出した様に「あっ」という声を出した。

「それじゃあ、よかれと思って、僕と一緒に帰りませんか? 傘お貸ししますよ!」
「えっええ……それだと真月君が濡れちゃうよ」
「相合い傘すれば問題ありません! さあさあ、行きましょう!」
「あ……」

 真月君は私に有無を言わせたくないらしく、一緒に傘に入って私を送っていくと捲し立てる。彼が何となく苦手なのもあり、断ることができなかった。おもむろに手を掴まれる。思わず体がびくついてしまった。恥ずかしいと思いながら、真月君の方を見ると、いつもの笑顔で、目の前に立っていた。私には、その笑顔が、貼りつけた様な物に見えてならなかった。

 隣には真月君が、傘をさして歩いている。学校を出てから十分もしただろうか。いつもならば、それぐらいで家には着くけれど、彼は私の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれているので、いつもより時間がかかった。気をきかせているらしく、透明のビニール傘の面積の、半分以上が私を覆っていた。肩が触れるか触れないかの距離。家族以外の男の人と、こんなに長い間、こんなに接近した経験なんてなかったから、心臓があり得ないくらいばくばくしている。真月君は歩いている間ずっと、私の背中に手を回していた。きっと、濡れない様にという、彼なりの気遣いなのだろうけど、もう濡れた方がましというぐらいどきどきするのでやめてほしい。赤らんでいそうな顔を見られないように俯いていると、彼が口を開いた。肩の横から、「傘、誰かが間違えて持っていったのかもしれませんから、明日探してみますね」と声がする。地面を叩く雨音が大きくなり、背中に回された手は肩へ移動した。これもきっと、彼なりの気遣いなのだから、受け入れなければならない。
 入り組んだ住宅街を、ゆったりとした速度で進んでいく。やがて自宅が見えると、自然と肩に回されていた手は退けていた。

「着きました! えっと……あっ、なまえさん、ちょっと濡れちゃいましたね……すみません」
「……私より真月君の方が、濡れちゃってるけど」

 本当に、見掛けだけはお人好しだなあと思いながら、どうしようと思考を巡らせた。傘を貸してくれた上に、家まで送ってくれたのだからここで帰すのは酷なのではないかと思う。色々考えた結果、踏ん切りがつく。別に、そういう訳ではなくて、借りを作ってしまうと後々面倒なだけだから、と頭の中で言い訳しつつ彼に話をする。とりあえず、髪を拭くだけでもと真月君を家に上がらせた。喜んで了承してくれた真月君は、玄関で丁寧に靴を揃えて、小さくお邪魔しますと呟きながら上がっていった。


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