02-夕暮れの密会









カタカタとリオは店内奥のレジスペースでキーボードを叩いている



「clamare」の売上は9割がネット通販のため、普段の業務は店舗での接客よりも注文の確認や配送業務のほうが多い



ブランドホームページに設置したオンラインショップから入ってくる注文を配送データに入力し、商品在庫と照らし合わせる



倉庫は店舗とは別の場所に位置するが、倉庫に在住するスタッフによって梱包や配送は行われるためリオが倉庫に出向くことは基本的にない



カタカタ、カチッ、カタカタカタ…



キーボードを叩く音とマウスをクリックする音は店内のBGMに紛れた



「♪〜♪♪〜」



店内に流れる曲に合わせてリオは鼻歌を歌う



「やっぱ”SHIGURE”はいい声してるわー」



頬杖をついてBGMの中で歌う声に聞き惚れていると新着メールを知らせる通知が届いた



「ほいほーい」



通知を開いて注文内容の詳細に目を走らせる



パタタタタッ

キィッ キィッ



壁にかけられた鳩時計…ではなくコウモリ時計から何かが羽ばたく音と甲高い鳴き声が響いた



「19時か…今日はもう仕事やめ!」



エンターキーを叩きつけて大きく伸びをする



黒いカーテンで仕切られた店の奥へ

右手に続く階段を登り住居となっている2階へ上がった



玄関で靴を脱ぎダイニングに置きっぱなしだったグラスをシンクに片す



寝室の扉を開けドレッサーの椅子に腰掛けた



「お腹すいたなー」



ぽつりとこぼしながら前髪をブラシで梳かす

軽くメイクを直してからグロスを塗り唇をこすり合わせた



「おやつでも持って行ったほうがいいのかな」



余分なグロスを拭きとってからキッチンへ向かう

リオはおやつボックスから袋を1つ取り出してポケットにしまった



ハンドバッグに財布とグロス、ハンカチを入れて玄関を出る



カツカツとヒールの鳴る音を響かせながら階段を降りて店を出た

店の看板をCLOSEにして迷わず正面の建物に歩いて行く



「Hysy ArtMask Studio…」



看板の文字を読み上げて店の前に並ぶボードや格子の中にあるマスクを眺めた



「なるほど…オーダーメイドか」



下唇のラインを親指で撫でる

これはリオが考え事をする時の癖だ



「OPEN」とプレートのかけられた扉にはいかついドアノックがつけられている



コンコンとドアノックを鳴らしてからリオはHySy ArtMask Studioへ足を踏み込んだ



「こんにちはー」



店内の壁やショーケースにはいくつものマスクが陳列され、不気味な空間が広がっている

「clamare」の店内も負けず劣らずの不気味さのためかリオは臆することなく店内を見渡した



「ウーター?来たよー」



店の主を呼んでみるも返事はない

パーテンションで句切られた奥を覗き見るとそこは作業場のようで細かい道具が机に広げられていた



「ここでいつも作ってるのかな」

「そうだよ」

「うわっ!?」



いつの間にそこにいたのか、背後に立っていたウタがリオの横から顔をのぞかせた



「いらっしゃいリオさん」

「お、お邪魔します」

「来てくれて嬉しいよ」



ウタはリオから身体を離すと作業場の椅子に座る



「驚かせないでよ」

「あれ、敬語じゃない」

「年近いんでしょ?昨日は店の中だったから敬語なの。だめ?」



昨日とは打って変わってフランクに話すリオに一瞬驚いたウタだったが、そっちのほうがいいと首を振った



ふとウタの視界が一点で止まる



「あれ?リオさん、お腹にタトゥーしてなかった?」



今日の彼女の服装はボンテージファッションに近い

ウエストの見えるビスチェに合皮のショートパンツ、シースルーの羽織と随分と肌を露出したものだった



右足の太ももには楕円形の模様が広がっている

先日ウタが訪れた時にあったへそ周りのタトゥーが今は存在しない



「あぁ、あれはタトゥーシール。私すぐに飽きちゃうから実際にタトゥーを彫ることはしないの」

「シールだったんだ。本物かと思った」

「今日のタトゥーは華モチーフでーす」

「月のタトゥー、可愛かったのになぁ」

「気に入ったならシール着けてみる?」

「ぼくはもうたくさん彫ってるから遠慮しておくよ」



ウタは着ていた羽織を片腕だけ脱いで自身のタトゥーを晒した

腕に細かく彫られたソレはほんの少し見えるだけで存在を強く主張する



「うわーびっしりだね」

「…怖い?」

「全然」

「えっち」

「自分で見せてきたんでしょ」



そう言いつつもタトゥーに興味を示したリオはウタの腕をまじまじと見つめその模様を指でなぞった



「そうだ、私おやつ持ってきたんだけど食べる?」



ポケットから”おやつ”の袋を取り出してウタに差し出す

袋の中には白くて丸い何かが入っていた



「これは?」

「んー…マシュマロ?的な?」

「ごめんね。甘いものはあまり得意じゃないんだ」

「そっかー」



リオは袋から1つソレを取り出すと口に放り込む

ふにふにとした食感を味わってから飲み込んだ



「これ、私の手作りなの」

「リオさん、お菓子作れるんだ」

「ちょっとした趣味みたいなもんかなー」



1つ、もう1つとおやつを口に含んで歯を立てる

あっという間に袋の中身を食べきると、指についた白い粉をペロリと舐めた



「おいしかった」

「ごめんね。せっかく持ってきてくれたのに」

「もともと私が食べる用に作ったやつだし、気にしないで」



その後いくつか世間話をしてからリオはウタの店を後にする



店の外にでると太陽はすでに姿を隠し、少し欠けた月が空から夜の街を照らしていた



「また材料、用意しなきゃ」



バッグからグロスを取り出して唇に塗る

自分の店には戻らずにリオは夜の街中へと姿を消した













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(美味しそうな匂いのお菓子だったなぁ…)









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