前掛けに愛を込めて








「らっしゃいらっしゃーい!今日は玉ねぎのいいのが入ってるよ−!」



とある気候の安定した春島に元気な声が響く

ここは市場



採れたての野菜や新鮮な魚などが並び、人々の活気にあふれている



その中で店を構え元気に通りすがる人たちに声をかけているのがリオ

おじさんおばさんに混ざって八百屋を営み負けず劣らず商っているタフな子だ



「あ、おにーさんっ!今日はね、玉ねぎがオススメ!あと人参も元気だよー!」

「玉ねぎと人参か…カレーだな」



並ぶ野菜を眺めながら顎に手をやる青年

彼は毎日この市場に野菜を買いに来る



「カレー作るならお肉もいるでしょ?今日は牛肉がいいの入ってるって肉屋のおっちゃん言ってたよ!」

「へぇ…そいつはいいことを聞いた」

「でも私はカレーなら鶏肉が好きなんだけどねっ」

「お、気が合うな。おれも…」



そこで顔を上げた青年

ぱちり

二人の視線が合うとリオは首を傾げて笑顔を向けた



「っ…おれも、鶏肉のほうが、好きだ」

「わ!奇遇だね!じゃあ、皮は取る?残す?」

「か、皮は焼いて食う」

「あー焼くのもいいねー!塩コショウをちょちょっとね!」

「塩コショウも定番だが一味もいけるぞ」

「そうなんだ!おいしそう〜!聞いただけでお腹鳴っちゃう!」



手を合わせてキラキラと目を輝かせるリオに青年は顔を少し赤らめて視線を逸らした



「…今度、作ってきてやるよ」

「ほんとっ!?嬉しい!じゃあ今日はサービスしちゃうよ!玉ねぎと人参でいい?」

「あぁ。2玉と1本もらえるか」

「じゃあ、じゃがいもおまけで3個入れとく!美味しいカレー、作ってね!」

「さんきゅ。また来る」

「いつもありがとうございまーすっ」



持参された買い物袋へ野菜を入れ、小銭と交換する

手渡されたおつりをポケットにしまい、青年は八百屋を後にした



「あ、おにーさん!名前はー?」



青年が八百屋に背を向けて数歩、その背中にリオが呼びかける



「シュライヤ…シュライヤ・バスクード」

「私、リオ!またねーシュライヤ!」



笑顔で手を振るリオに背を向け、手を上げて返した

通りすがる人たちにはきっと彼の耳が真っ赤に染まっていることを気づかれることはない













───────









「これ、今日の」

「わー!今日はピーマンの炒めもの?美味しそう!」

「こないだ買ったゴーヤを使って、チンジャオロース風にしてみた」

「何それ素敵!ありがとー!私はねー…」



天気は晴れ

太陽が燦々と降り注ぐ市場で、シュライヤとリオは八百屋の屋根の下お互いの作った料理を交換し合っていた



お互いの名前を知った次の日、シュライヤが持ってきた鶏皮焼きを食べてからリオは彼の料理に気に入り、時々お互いの料理を持ち合って交換する日々が続いている



「はい!もやしと豚肉のにんにくポン酢炒め!」

「へぇ…にんにくとポン酢か…」

「食べる前に一味か七味を食べるのがオススメ!」



リオから受け取ったタッパーをしまい、シュライヤは頬をかいた



「な、なぁ…」

「ん?今日はトマトがみずみずしくてサラダにぴったりだよ!」

「いや、そうじゃなくて…その、」

「…?どうしたの?」



明後日の方向に目を泳がせて、シュライヤはもごもごと言い淀む

怪訝な顔をしてリオは首を傾げた



「その、リオの料理を…あいつが、喜んで食べるんだ」

「えーっと、アデルちゃん?」

「そ、そう。だから…今夜、」



ぐ、と拳を握りしめてシュライヤはリオを向き直る



「おれの家で飯を作ってくれないか!?」

「いいよー」

「あ、そうかならよか……え?」

「今晩だよね?市場終わってから野菜持って行くね!」

「あ、あぁ…迎えにくる」

「わかった!じゃあまた夜にね!」



はい、とトマトの入った袋を手渡してリオは手を降った



手渡されたトマトとリオを交互に見比べ、いくらかの小銭を取り出しリオの手のひらに乗せる



ばくばくと打ち付ける心臓に手を添えて、シュライヤは市場を出て行った

夕飯時までに部屋を掃除して、この心臓を落ち着かせなければと言い聞かせながら手元のトマトに視線を落とすと口元には笑みが浮かんだ









────────







「おじゃましまーす!」

「おかえりお兄ちゃ…この人、だれ?」



太陽が傾いて地平線が赤く染まる頃

迎えにきたシュライヤに連れられてリオはシュライヤの自宅にお呼ばれした



開かれたドアをくぐるとパタパタと出迎える小さな女の子



突然の訪問者に彼女は少し戸惑っているようだ



「お前がいつも食ってる飯を作ってくれた人だ」

「あ、リオねーちゃん?来てくれたんだ!」

「よろしくね?アデルちゃん!」



アデルと同じ目線になるように腰をかがめ、リオは微笑んだ



「アデル、テーブル片してくれ」



玄関の扉を閉じてシュライヤは腕まくりをしながらキッチンへ向かう



「はーい」



再びパタパタと足音を立ててアデルはダイニングテーブルを片しにかかった



「私はどうすればいいの?」

「おれと一緒にキッチンに立つ」

「立つだけ?」

「作りに来てくれたんじゃないのかよ」

「うそうそ!つくりますー!」



持ってきたカバンの中からエプロンを取り出して、リオは袖を通した



「それ…」

「ん?エプロン?かわいいでしょー♪」



普段リオが市場で着けているのは黒のシンプルなエプロン

だが、今身につけたエプロンは白地にカラフルな水玉の模様が描かれた可愛らしいデザインだった



「料理するときは、エプロンで気分を変えるの!」

「変わるもんか?」

「変わるよ!今日はカラフルな気分なの!」

「他にはどんな気分があるんだ」

「んー、辛い気分の時は赤いエプロンとか、冷たいものが食べたいときは青地のストライプとか、たくさん!」



言いながら野菜を取り出して洗い始める

今日のメニューは野菜たっぷりシチューだ







───────







食後、リオは自宅から持ってきたエプロンカタログを開きながらコーヒーを口にする



「へぇ…こんなのがあるのか」

「うん!布屋さんがやってるんだけど、色んなエプロンがあるの!」



嬉々としてカタログを見せるリオにシュライヤは自然と頬が緩むのを感じた



「私ねー、いつかこのエプロンを買って、大切な人にご飯を作るのが憧れなの!」



そこだけ折り目の付けられたページは、ポケットがいくつも設けられた高機能エプロンが載っている



デザインは至ってシンプル



毎日キッチンに立つ女性のために作られた至高の逸品だ



「へぇ…これを着て作る料理はどんな気持ちなんだ?」

「え?んー……考えてなかったなぁ…」

「欲しかったのにか」

「うん、なんか、このエプロンならどんな料理も美味しく作れそうな気がするの!」



チラリとエプロンの値段を見るシュライヤ

そこでリオは少しだけ肩を落としてつぶやいた



「ちょっと、お値段が張っちゃって中々手が出せないんだけどね」



そう言ってページを捲るリオの指を目で追いながら、シュライヤはコーヒーのカップを傾けた









───────









一ヶ月後



季節は春島の夏へと移り変わり、畑の野菜はつやつやと輝いている



「あっつい夏に冷たいサラダはいかがー?今日はきゅうりがいい形だよー!」



額に汗を浮かべながら今日もリオは八百屋の店先に立っていた



「よぅ、リオ」

「あ、シュライヤ!今日も暑いねー!今日はね、

「あ、あのよ!」

「ん?」



並べられている野菜でいいものを見繕っていると、突然シュライヤがリオ肩をつかむ



顔だけで振り向いたリオに思わず掴んでしまった手を離し、シュライヤはいつぞや初めて家にリオを読んだ時のように口ごもった



「あ、その、…なんだ…」

「どうしたの?顔真っ赤だよ?熱でもある?」



顔を覗き込んで額に手を当てようとするリオにシュライヤは一歩後ずさる



「もー、何?暑いから近寄るな!って?」

「違う!だから、お前に…」

「お前に?」

「こ、これを渡しに来たんだよ!」



手に持っていた荷物から箱を取り出してリオに差し出した



「その、これで…」

「え、なになに?プレゼント?私今日誕生日だっけ?」

「いや誕生日知らねーし…」

「開けていい?」

「あぁ」



突然のサプライズにリオは目を見開き、差し出された箱を受け取る

包み紙を開いて箱を開けると、そこには彼女が憧れていたエプロンが姿を表した



「これ…!」


「こ、これからはこれを着けて毎日、飯を作ってくれ!」


(((ついに言った…!)))



市場に店を構える周りの人達が内心で静かにガッツポーズを握る

シュライヤがリオに好意を寄せていることは周りから見れば誰もが気づいていて、気づかないのはリオ本人のみだったのだ



「じゃあ、毎晩ご飯作って帰るね!あ、一緒にご飯食べるくらいは許してね?」


「え、あ、いやそうじゃなくて…」


「リオちゃん!きゅうり3本頂戴ー!」


「あ、定食屋のおばさま!はーい!今行きます!シュライヤ、また夜にね!」


「あ、あぁ…」



通りすがりの定食屋の女将に呼ばれてリオはシュライヤの元から小走りで離れてしまった



その日の夜、彼が真っ赤な顔でもう一度告白をすることになるのは夕食時のお話…















──────────

(リオ、この家で一緒に住まないか)

(えー、でも畑から遠くなっちゃう…あ、じゃあ今度はシュライヤが私の家においでよ!ごちそう作るね!)

(………おぅ)



シュライヤの苦難はまだまだ続く?



おしまい!
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