ガイアスが、自分の黒い髪を一房手に取り弄んでいた。
固い表情やゆったりとした仕種はどこか物憂げで、自信に満ち溢れ信じた路をまっすぐに進むガイアスのイメージしかないジュードには、その光景はとても不思議なものだった。思わず紅茶を両手に声をかけてしまう程度には。
「ガイアス。なにかあったの?」
緩慢な動作で振り返ったガイアスはジュードの質問の意図をつかみあぐねたようで、すっと整った柳眉をわずかにしかめた。
ジュードはガイアスのすぐ隣、世界の王様が使うにはあまりに粗末なベッドに腰かけると、持参した二つのマグカップの片方を渡した。
「変な顔してるよ」
「…お前にはそう見えるのか」
ガイアスは紅茶を一口すする前に、ローエンにも言われた、とぽつりこぼした。
静かに燃え上がる炎のように赤い瞳が、今度はジュードの黒髪をとらえる。本当に炎に当てられたかのように顔が火照るのは、きっと、ガイアスの視線がまっすぐにジュードの顔を見つめるからだ。
けれど目を逸らす気にはなれなくて。なんだか、逸らしてはいけない気がしたのだ。
代わりにジュードはこてんと首を傾げた。
「なに?」
「いや」
何でもないと答える口とは裏腹に、ガイアスの指先は今度はジュードの黒髪を興味深げに触れている。
愛撫でも暴力でもない、ふわふわとどこか頼りない接触は、曇り硝子を通したように不透明な暖かさを持っていて、ジュードはなんだかくすぐったい気持ちになった。
「なんだか甘えん坊だね、ガイアス」
「…」
「…ガイアス?」
不意に、逸らすまいとして合わせていた視線が外れた。それはジュードからではなく、ガイアスから切り出したずれ。
先ほどまで静かに燃えていた瞳の炎は今は消えそうに揺らめいて、その炎の向こうにジュードは知った影を見た気がした。
黒い髪、黒い瞳、黒い服、白い肌とモノクロな中で唯一きれいな色彩を持つ、一房の。
「…ガイアス、」
きっと、どんなに望んだところで、ジュードがその影に打ち勝つことは出来ない。
ガイアスの最も近くで、ガイアスを最も慕い、最も憎み、ガイアスに最も愛されたひと。王の指は、今でもちらつくその影を追っていただけなのだと、分かってしまった。
ジュードは、未だ両手に包まれて、口を付けられることなく冷めてしまった紅茶に引きずられるように、心もすっと冷えていくような気がした。
「医者の端くれとして忠告しとく。顔色悪いから、早く寝た方が良いよ」
ジュードが今にも歪みそうになる口角をしっかり上げて笑顔を作ってみせると、ガイアスはほうと呆れにも似たため息をこぼした。
そして、自分のカップの中身を一気に飲み干す。
「お前も早く寝た方が良い」
ごちそうさま。そう律儀に手を合わせたガイアスの双眸が、まだ揺らいでいることに。
敵わないなぁと皮肉たっぷりな呟きは苦い紅茶とともに喉の奥へ押し込んで、今度こそジュードは口許を歪めたのだった。
故人を殺せたなら。
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本当はフライングしたかったんだ。でも間に合わなかったんだ。
それにしてもなんか鬱陶しい文章だなあ。
ガイアスはウィンガルを忘れられないと良い。
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