忍者のたまごであるからには、そしてもうたまごなどと甘いことを言っていられる年齢でなくなった今、『絶対』などかけらも信じちゃいないし不測の事態に対応する術も心得ている。つもりだ。
だがしかし、それでも何事にも動揺しない巨木のような精神が身に付いているのかと言われればそうでもなく、というかそんな人間がいたら是非お目にかかりたいところだが、とにかく級友たちと比べれば落ち着いているとされている私だってそりゃ人並みよりは少し控えめに狼狽えたりもするのだ。
だから、つまり、何が言いたいのかと言うと。
「…何がどうしてこうなった」
「さあな」
医務室の洗い立ての布団に転がる体を難儀そうに起こして、文次郎は肩を竦めた。その適当な所作に手当されたばかりの薄汚れた頬を殴りつけたくなった。ぼろぼろの上半身に馬乗りになって、私の気が済むまで殴りつけて、痛みを感じさせてそして。
極めて珍しく、いやもしかしたら人生で初めてこんなに暴力的な気持ちに襲われた私は今、ずっと昔から付き合っている大きな裂傷も手伝ってさぞ凶悪な顔をしているだろう。にも関わらず文次郎はへらりと笑ったきり、私に話を促すように黙したまま。
本当に行動に起こしてやろうかとも思ったが、今はやめておくことにする。大変な怪我人を前に理性を彼方へと放れるほど私は幼くはないし、傷を増やした文次郎を見た伊作や新野先生にこっぴどく叱られるのは避けたい。そんな醜態をさらすのは小平太だけで十分だ。
とりあえずは平常心を保って、血の滲んだ包帯の上に爪を立てるだけに留まった。
「痛い!」
「痛くなかったら困る」
傷口に力いっぱい爪なんか立てられたら、そりゃ例えば澄まし顔が得意なあの仙蔵だって悲鳴をあげるだろう。これでもしも平気そうにされたら、私は文次郎のおかしな方向に曲がった腕よりも、ギシギシと軋む胸よりも、月明かりで異常に青白く見える顔色よりも何よりも、その石のように固い頭やその中身が心配になってしまう。
しかしどうやらまだ一応正常な精神を保っているらしい文次郎は、必至に苦笑いしながら私の手を遠ざけた。
「分かった。長次が怒ってるのは嫌っていうほど分かった」
「別に、怒ってない」
「怒ってるだろうが」
笑っちゃいないが、と付け足して文次郎はまた笑った。鬼の会計委員長はどこへやら。
情けない表情に今度こそ本気で苛立って、組まれた胡座に乗っかる。そこまで大した差ではないとは言え私の方が体が大きいので、当然、遥か上から見下ろすことになる。頭のてっぺんしか見えないくらいに。
「怒ってると思うなら…」
「ご機嫌取りしてみろって?」
「そんなところだ」
果たして文次郎に、ご機嫌取りなどとそんな人間心理に関する高等技術を披露できるのかどうかは謎だが、機会を与えてやらなければどうしようもない。きっといつもの通り単純で簡単な方法を馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返すだけなのだろうけれど。
予想外にやわらかい唇が、圧迫されてる傷の痛みからか緊張からかへまをした自分への情けなさからか、かすかに震えながら肩を、肩甲骨を、背中をなぞるのを制服の布地越しに感じながら。
「…二十点」
「上出来だろ」
合わせた掌から文次郎の脈動を、鼓動を認識することによってやっと落ち着く私自身の鼓動には呆れて物が言えないな。
どうしようもない、この
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彪様が素敵なお題を引いてくださったので挑戦!でした!
彪様リクエストありがとうございました^^*
もともと私が文次郎は右側思考なので、文長なのか長文なのかよく分からないシロモノになってしまいましたが…。
まあ、ね!お題がもともとリバっぽいし良しということで一つ。←
文次郎は月明かりの下で抱きしめられて、肩甲骨に震えるような撫でるだけのキスをするでしょう。
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