※捏造甚だしい



「狡い、と思いました」

目を覚ましたお姫様は、ぽつり呟いた。

「狡いですよ。シュヴァーンが出てくるなんて。それじゃあ私は、抵抗出来るはず無いです」

この言葉から思い出されるのは、空に浮かぶ街ミョルゾでのこと。
あの時、長老の屋敷を離れたのを確認し、俺は結い上げていた髪をほどいて彼女に近づいたのだった。久しぶりに見えるシュヴァーンの姿に彼女の表情が驚き、ほころび、怪訝そうに歪められたのを今でも鮮明に覚えている。
シュヴァーン!
久しぶりです、逢えて嬉しい。
なぜ貴方がここに?
なぜ、その羽織を貴方が?
それを見て嗚呼この方は私を多少なりとも気にかけてくださっていたのだと思えて、十年ぶりに胸が熱くなった。
だがそんな感傷に浸ることはせずに、何も知らない姫をこの上ない苦しみへ放り込んだ。
最低だ。

「けれど、貴方がそんなに器用でないことを、私は知っていたから。シュヴァーンもレイヴンも、優しくて強かでひどく脆くて、だから貴方の意思でないことは、すぐに判ったんです」

だからと言って、自分の罪が赦される訳ではないが。

「シュヴァーンを間近で見ていて、貴方がひどく苦しんでいるのが、解りましたから」

翡翠色のきれいな目を細め、視線を落として笑う姫。果たして、彼女はこんなふうに笑う人だっただろうか? 少なくとも、旅をするようになってからは久しく見ていなかった気がする。
それで、ああ私は取り返しのつかない事をしてしまった、と今更改めて実感した。

「聞いてますか、シュヴァーン?」
「………姫。私は、」
「だから、私にもみんなと同じことをさせてもらいます」

え、と間抜けな声が零れたのは仕方ないと思う。今度こそ、見限られるか、死ぬかだと思っていたから。
彼女が人一倍優しいのを忘れたわけではないが、それでもやはり本当に苦しんだのは姫だから。
えらくやわらかい拳が額に触れて、離れていく。

「これでおあいこです」
「嬢ちゃんっ、」
「まだシュヴァーンでいてください」

言葉を募ろうとすれば、頬を膨らませる彼女。
言われた通り表情を引き締めて次の言葉を待っていれば、小さく笑う声が。

「それと、これも罰です」

何がくるのか待っていれば、少し背伸びをしてずいと近づく翡翠。唇にやわらかい感触がして、一瞬で頭が真っ白になる。

「さよなら、シュヴァーン」

今度は目は伏せずに、だけどやっぱり見たことのない笑顔をうかべる彼女は、今確かにさよならを告げた。
幼いころから、彼女の近くにお仕えしていた愚かな騎士に。
なんて油断ならない姫様だろう。ほわほわしているかと思うと、予想以上に鋭いのだから。
まあ、さよならを言われたからには、離れるのが筋だろう。

「さようなら、エステリーゼ姫」

瞼を落として。
生まれ落ちた烏が初めて見るであろうエメラルド色を想像する。
開く前に瞼に降ってきたやわらかい感触に、顔が熱くなったのは烏のほう。
姫がまた笑うのが聞こえた。


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自分でも途中でよく解らなくなったorz
烏も白鳥も大切なエステルが書きたかった。はず←


 


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