まったく理不尽な話だ。
なぜこんなヤツに気に入られてしまったのか。なぜ俺指名なんだ。
確かにただ黄昏るだけなら、ハルルの時よりはずっとマシだ。マシだけど、こんなの柄じゃないし。意味が解らないし。

「アンニュイな顔してるねー」
「そーお?」
「やっぱりレイヴンを選んで良かった」

視線は海に投じたまま、にこにこと頬を緩ませる男。
やわらかさとは少し違うふにゃふにゃした感じが、俺はちょっと嫌いだ。自分はふにゃふにゃしてる癖に、と言われるかもしれないが、それはそれ。もしかしたら同族嫌悪というやつかもしれない。…違うか。
相変わらずにこにこ、と言うかにやにやしながら海を眺める男は、本当にこの『黄昏る』と言うイベントを楽しんでいるように見える。
いったい何がそんなに楽しいのか。
見えるのは青く滲む水平線と、そこへ沈もうとする赤味を増した太陽だけ。市場からは少し離れたここで聞こえるのは波の音と海猫の声、それと遠くで微かに木霊する汽笛。和やかな雰囲気のここでは、常の穏やかさとは程遠い生活を忘れてしまいそうになる。
子供たちを騙していることも、腹の底を探るような紫紺も、威圧的な紅色も。自分が纏っているのが紫なのか、橙なのかさえ。
ああでも、この男はそんな異常な生活はしていないからこんな風に楽しめるのかもしれない。
俺みたいに、不安にならないのかもしれない。

「…やっぱりレイヴン、似合ってるよ」
「なにが?」
「黄昏るのが。大きな何かを抱えてるんだね」

大きな何かって、何だろう。
俺に抱えられるものなんて、あったっけ?
いくら考えてもそれは頭に浮かんではくれなくて、代わりにぐるぐると思考が渦を巻く。

「何もわかってない感じがまたいいね」
「わかってない? 何言ってるの」
「レイヴンこそ何言ってるの?」

何言ってるのって、何言ってるの。延々と続きそうな無益な問答はこのへんでやめて、男にならって海に目を向けた。
橙色の、海。グラデーションの空。じゃない海は橙色になったりしないし、空は変色したりしない。紫紺にはならないし紅にもならないし、まして橙とか紫とか、そんな中途半端な色にならないし。
じゃあ、俺は何を見てるの。
何を聞いてるの。
何を言ってるの。
俺は誰なの?

「ため息を吐くとね、抱えてるものが二酸化炭素と一緒に吐きだせるんだよ」
「幸せも逃げちゃうんじゃない?」
「息に乗って逃げられるような軽い幸せなんて、持ってないよ」
「シシリーは幸福そうね」
「レイヴンはちょっと不幸せそうだね。何か悲しいことでもあったの?」

悲しいことなんて、探さなくても見つかるくらいには転がってるよ。
そう言えば、男はそうだねと笑った。
何だろう。騙さなくてもいい相手ってのは、なかなかに癒されるものだと思う。偽らなくても、誤魔化さなくてもいい相手。言ってしまえば、都合のいい相手。
シシリーを見てると不思議と何かを話したくなって、何も話したくなくて、代わりに鼻の奥がツンとしてきたりして。若草色に包まれた優男を一瞥して、また海に目を戻すと、なぜか海はまだ橙色。

「ねえ、レイヴン」
「ん?」
「レイヴンを選んでよかったよ」

視線は海に投じたまま、にこにこと頬を緩ませる男。
それに何故か胸がざわついて。

「息に乗って逃げられるような幸せなんて、無いからさ」

だったら二酸化炭素ごときで洗い流せる悲しさも無いのだろうと、俺は笑った。


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相変わらずよくわからない文章orz
シシリー好きですよ。うん。


 


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