ある日突然、誰もが犬猿の仲であると認める奴が、満面の笑みで俺の名前を連呼しながら走ってきたら。
その両手指がわさわさと気持ちの悪い動きをしていたら。
頬が赤く染まってて鼻から赤い液体が飛び散っていたら。

そりゃ誰でも逃げるだろう。

「逃げるね」

薬箱に消毒液やら包帯やらをしまいながら、伊作は肩をすくめた。
そして、部屋の隅でじめじめと暗い空気を背負う男を一瞥し。深く深くため息を吐いた。

状況を説明するとここは医務室で、伊作はけまち悪さもとい気持ち悪さのあまり俺が殴り飛ばした男の治療が終えたところだ。俺は事情聴取のため呼ばれた。
最初はやり過ぎだよ、と怒っていた伊作も俺の話が進むにつれて表情がげんなりしたものに変わり、最終的にはぽんと肩を叩いてくれた。

「大変だね、文次郎」
「お前もよく同じ組でいられるな」
「僕に対しては普通だからね留さんは」

文次郎と後輩に対してだけだよ、と言われて、用具委員の下級生が心配になった。

「留さん。文次郎に謝りなよ」

じめじめうじうじしている留三郎は、声をかけられるとこちらを振り返った。
鼻水と涙まみれ。汚い。

「文次郎は……」
「ぁあ?」
「俺のこと嫌いなんだろ」

ぐすぐす、鼻をすすりながら留三郎が言う。
ああ、ぶっちゃけ嫌いだ。

「だから俺を殴るんだ。俺はこんなにも文次郎が好きなのに」
「殴るのなんて、いつもの事だろ」
「いつも先に手ぇ出すのはお前じゃないか!」

まあ、そりゃ、自己防衛だ。
違う意味で手の早いやつに言われたくない。

「この前だって、それまで気持ち良さそうにあんあん言ってた癖に急に蹴ってくるし」
「あ…っ、言ってねぇよ! それにあれはお前が五回戦に入ろうとするから、」
「その前も、もうギリギリで出したいって言ってたのに何か急に髪の毛引っ張るし」
「お前が変なモン飲もうとするからで、っつか伊作の前でそういう話するな!」

思わず、また手が出て足が出る。
さっき治療したばかりの鼻に再び拳が入り、顎を蹴りあげられて吹っ飛ぶ留三郎。ヤバい、やり過ぎたか。
慌てて顔を覗きこむが、既に意識はなく。

「いっ、伊作!!」

振り向いた先には何故かさっきより更にげんなりした伊作がいるのだった。





(痴話喧嘩は犬も食べないよ、文次郎)
(なっ、ちっ、痴話喧嘩じゃない!!)



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とにかくけまち悪い食満が書きたかった←
伊作不運。わら。



 


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