※パロ
夜になった。
家臣が皆寝静まり、蟋蟀と鳥の声だけが響く頃。仙蔵は、その声さえ遮断した部屋の中に、ただ燭台だけをお供に座っていた。
目を閉じ微動だにしないその姿は字面では眠っているようだが、その実彼は背筋をまっすぐに伸ばし、一縷の隙もないほどに神経を研ぎ澄ませているのだった。
とん、
仙蔵の背後に、猫ほどの足音もたてずに何かが舞い降りた。手にした太刀を抜くと、念入りに手入れされた刀身が蝋燭の光を浴びて鈍く輝く。
仙蔵の命を奪うため現れた、所謂曲者だった。
仙蔵はふと口角を緩めると、振り返りもしないまま曲者に声をかける。
「ああ、彼奴らが刺客を放ち、私を殺そうとしているのか。そうだろう?」
刃を首筋に当てているのに全く動じない仙蔵に、曲者は凛々しい眉をひそめる。それどころか仙蔵は薄く笑みをうかべてすらいた。
誰から言葉を返せと言われた訳でもないのに、曲者は気付けば狩る対象と言葉を交わしていた。
「ああ」
「なら、私の首を持ち帰るが良い」
わざとか。
思わず引いた刃に、仙蔵は自ら肌を寄せた。薄い皮膚が裂け、白すぎる肌に細く赤い川が生まれる。
曲者は今度こそその身ごと刃を退くと、警戒しながら口布を外した。
「けったいな男だな」
「殺さないのか?」
「俺にもいちおう学や教養はある。謀反者らの命令に従ってやる義理はない」
なるほど、曲者は己に指示を出した者たちを「謀反者」と見なしているらしい。そして、少なくとも目の前の「けったいな男」よりは価値の無い人間だと思っている。
仙蔵はふんと鼻を鳴らすと、やっと曲者の方へ振り向いた。烏の濡れ羽色をした長い髪がさらさらと墨のように流れる。
「お前、ここの警備ザルすぎるだろ。簡単に忍び込めちまった」
「ほうほうそれで?」
「俺はお前を殺さないことにした。だが、いずれ俺に続く者が現れるだろう。そしたら死ぬぞ」
仕事を放棄という形でしくじった男にとっては、その方が好都合だろうに。せめて忍返しくらいどうのこうのと小言を続ける男にけったいなのはお前だろうと返してやりたい気分だ。
「それで? 金が欲しいのか」
「そんなものいらん」
「では私の下で働くか」
「俺には河北に待たせてる奴がいる。今はここに留まる訳にはいかない」
こんな可笑しな男、近くに置いておきたくて声をかけた仙蔵だったが、あまりの返答に思わず吹き出した。
「くっくく…良いだろう。貴様の名は?」
「はぁ?」
「名は何かと訊いている」
仙蔵が曲者の胸元をつかみ、下から見上げる。その視線の鋭さ、冷たさに食い入るように見つめていると、ふと鼻腔をくすぐるほのかな香のにおい。
男は嗅ぎ慣れないにおいに眉をひそめ、仙蔵の手を振り払う。粗暴そうな見た目に反して静かな動き。
それから男は一歩下がると、太刀を鞘に収め屋根裏へ飛び上がった。
来たときと同じく、音もなく姿を消す。
仙蔵は燭台で揺れる火を吹き消し、月に影を作る男を見送った。
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漢文の鶴林玉露パロ。と言うか、鶴林玉露をベースにした何か笑
原作では「けったい」なんて言ってません。「奇男子(=素晴らしい男)」って言ってます。
本当はもう少し続きがあるんだけどカットで←