※現パロ
すべての講義を終えて下宿先のアパートに戻ると、階段に誰かが座っていた。
ボサボサの傷んだ髪──失礼ながらモップみたいだと思った──に流行を全力で無視したくたくたのパーカー、ジーンズ、スニーカー。
たぶん俺と同じくらいの歳だろうその人は、鼻の頭が赤くなっていた。だんだん寒くなってきた今日、しかし取り立てて目立った防寒着も着ていない。
寒そうだなあ、とは思いつつ、声をかけたりはしない。
もしかしたら人を待ってるのかも知れないし、俺は早く部屋に戻りたい。
すれ違い際に軽く会釈して、そのまま210号室(本当は102号室が良かった)の俺の部屋に入った。
課題のレポートを終えて一息ついたころ。
そう言えばあの人はもう帰っただろうか、外からは何の物音もしなかったから、まだいるかも知れない。
興味本意でドアを少しだけ開けて階段下を覗くと、まん丸の目と目が合った。
「「あ」」
あたりはもう真っ暗でその人の顔はよく見えないけど、日が沈んで気温が下がってきた今、パーカーだけでは寒いだろうなとは思った。
「カギ無くしちゃって」
大家さんを待ってるんです。
微妙な沈黙と恥ずかしさを紛らわそうとしたのか、慌てて取り繕うその人。
だけど俺の記憶が正しければ、大家さんは今旅行中で、明日の夜にならないと帰ってこないはずだ。
「…大家さん、今日は帰ってきませんよ」
「えぇっマジですか!?」
嘘ついてどうするんですか。
と返そうと思ったけど、さっきの言葉は咄嗟に出てきたものらしく。その人は立ち上がるとケータイを取り出した。
そうだよな。別に俺が世話焼かなくても、友達なんていくらでもいるだろう。ケータイのおかげで便利な世の中になったもんだ。
「あ、もしもし雷蔵? ちょっと今晩だけ泊めてほしいんだけど」
らいぞう、ってなんだか知ってる名前だ。勘ちゃんの友達だったかな。だとしたら世間は狭いなぁ。
「えー…いやその、カギ無くしちゃってさ……は? お前三郎か? なんで雷蔵のケータイにお前が出るんだよ…。まあいいや。で、………え、なに。なんだよそれ! 友達が困ってるんだから……別に雷蔵に手なんか………………………。あーそうですか。もういいよ。三郎なんか友達じゃねぇっ!! バーカバーカ」
ひとしきりバカを繰り返したあと、ケータイを閉じた彼は未だバーカバーカと呟いている。フられたんだ。
可哀想に。
「どうしよう…孫兵は実家だから行きづらいし、勘ちゃんは遠いし。七松先輩……は無理だ。やめよう。怖い」
あーもう、と叫んでしゃがみこむ彼。
涙目っぽいのは気のせいだろうか? それとも寒いから?
まだ冬本番でないとは言え、そろそろ熱い鍋料理が恋しくなる季節だ。鍋料理。お豆腐。
「…鍋料理って、一人じゃ食べきれないですよね」
「え? そうかも、ですね?」
「一緒に食べませんか?」
本当は夜食と明日の朝ごはん用なんだけど、お豆腐もたっぷりあるし。
このままでは(たぶん)勘ちゃんの友達が凍えてしまうかも。
ほんのちょっとしか開けてなかったドアを更に押し開けると、名前も知らない彼の丸い目が輝いた。
「いいんスか!?」
「いいですよ」
「わぁ、ありがとうございます!」
そう言えばなんで初対面の人に大切なお豆腐を分けてあげようと思ったんだろう。
という疑問がうかんできたのはそれから一週後のことで、この時はただはしゃぐ彼になんだか胸が締め付けられて、お豆腐の味もよく分からなかった。
僕らのなれそめ
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お豆腐を分けてあげようと思ったのは無意識に一目惚れしたからだよ兵助くん!
ところで久々知も竹谷も名前出なかったけどこれを久々竹と呼んでいいのでしょうか。←