※現パロ
でかいスポーツバッグを肩にかけて自転車をこぐはちの後ろで、私は荷台に腰掛け空を仰いだ。
ちなみに私は手ぶらで、だからお前が自転車こぐか荷物持てよとはちがぶつくさ言うのが聞こえてくる。それは全部黙殺して。
腕を回したはちの腹が足を動かすのに合わせてきゅっと締まるのを感じながら、朝方のまだひんやりした空気を肺いっぱいに吸い込む。
「はち」
「んー?」
「空やばいな」
夜の群青と星を蹴飛ばすように、東の空が白んでいる。白とオレンジと紫のグラデーションになった空は、夜と朝の境目が曖昧できれい。
そこまで考えて、思わず笑ってしまった。この鉢屋三郎が、ロマンチストになったものだ。それもこれも目の前の雑巾頭のせいなのだけど。
「おほー」
「お前そのおほーってのやめろよ」
「なんで?」
「馬鹿っぽい」
いまいち感動が伝わってこない感嘆の声は昔から変わらない。
はちははちのまんま、そのまま大きくなるのだと思っていた。それを見守るのが私の役目だと思っていた。
それも、今日で終わりだけど。
「そんなんじゃ向こうで浮くぞ」
「浮かねぇよ。俺三郎と違って人当たり良いからさ」
「はぁ?」
生意気な奴め。
腕をのばして鼻を摘まむと、はちはふがっとこれまた馬鹿っぽく呻いた。
鼻と、腹からも手を離して、自転車の荷台から飛び降りる。
急に後ろの重りを無くしたはちは勢いあまってつんのめって、悲鳴をあげながらなんとか体勢を立て直した。
「危ねぇな! 三郎の馬鹿!」
さっきまで私が手ぶらで乗っていたことに喧しく抗議していた口は、今は早く乗れと私を招く。
それに応じたいのをおさえて、空に視線を移すことではちから目を逸らせた。
「自転車は駅に置いとけ。後から回収するから」
「え、」
「私は帰るよ。眠い」
「なんだよそれ」
せっかくの門出なのに。もうしばらく会えなくなるのに。
自分の方を見ようともしない私にはちの凛々しい眉が不機嫌そうに歪む。
「お前の旅立ちなんて見たくない」
私から離れていくことを祝福なんて出来ない。
駄々っ子みたいに地団駄を踏む代わりに、静かに突き放す。これははちを縛ってでも側に置きたい我が儘を押し込めた、最大の譲歩なのだからそのへんは分かってほしい。
そろそろ朝に染まってきた空は眩しい。
目を細めて、はちが自転車をおりるのを横目に捉えた。
近付いてきて、一瞬だけ重なる唇。
そして離れていく勝手な唇。
「行ってらっしゃいって言ってくれねぇの?」
「言うか馬鹿」
そうか、とだけ答えた泣き笑いのはちを捕まえて、もう一度キスをする。
もう、このままくっついてしまえば良いのに。
手が、指が勝手にすがり付いてしまう。
「やっぱ行くのやめようかな」
「アホめ。さっさと行け」
行ってらっしゃいとは言えない。
ただ、自転車に跨がらずに、ゆっくり押しながら歩き出した背中が太陽に焼かれて見えなくなるまで手を振った。
またね、恋心
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BGM:車/輪/の/唄、ま/た/ね