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飲み物を持って戻ると、同じ言葉を唱えるよう繰り返しては唸って頭を抱える後輩の姿が目に入る。暫く何かと観察していたが、また訛らない様に練習をしているのだと気付いて声を掛けた。


「方言が出ても、俺は気にしないからそのままでいれば良いじゃないか」

「うおぁっ!?……あ、いやでも今の内直しとかないとまた出ちゃいそうなんで」

「そこまで気にする程じゃないと思うが……」

「でも変でしょう?ちょっと荒っぽいし、田舎っぽいって言いますか……」

「いや、可愛いと思うよ」


寂しげに自分の口調を否定する姿に思わず言葉が口をついて出た。目を見開いて見上げる様子に可愛いは失言だったかと焦り掛けたが、後輩は照れたようにはにかんだ。


「可愛くはないと思いますけど……ありがとうございます」

「……別に気を使って言った訳じゃないぞ?」

「いえ、まぁ、はい」


嘘ではないと伝えるが、お世辞だと思っている事は明白で。少々ムッとして足早に後輩へ近付いた。


「じゃあ試しに何か喋ってみろ。ちゃんと聞いて考えるから」

「え」


盆をテーブルへ置き、動揺する後輩の横へ座る。そうして黙ったまま見下ろせば、視線をさ迷わせていた後輩は観念したように口を開いた。


「……前も思ったとですけど。いきなりそぎゃん喋れて言われたっちゃ何て言えばよかか分からんけん困っです」
(「……前も思ったんですけど。いきなりそんな喋ろと言われても何を言えば良いか分からないので困ります」)

「…………」


上目勝ちに喋られ、一瞬思考が止まった。その間を何と思ったのか後輩は顔を歪ませた。


「……やっぱり変なんじゃないですかぁ」

「あ、いや。ちょっと驚いただけだ」


悄気た様子で俯く後輩を慌てて宥める。しかし何に驚いたのかと問われると言葉に詰まる。胸が締め付けられるような衝動を何と表現したものか。
悩みつつも兎に角可笑しいとは思わないと伝えるが半信半疑の眼差し。いっそ今まで秘密裏にしていた計画を話してしまおうかとも考える。だが今話したところで焼け石に水かと天を仰ぐと、小さく笑い声が聞こえてきた。


「……吉里」

「すみませ、っ。や、始めは本当に悲しかったんですけど、困ってる先輩見てたら何かどうでも良くなって、ふ、ふふっ」


本格的に笑いだした後輩を恨めしく見やる。後輩は余計に笑えたのか顔をそらし肩を震わせた。その様子に毒気を抜かれ、息を吐いて背凭れに身を沈める。


「兎に角、変じゃない。……こう言っても未だ不安になるならその度に俺に変じゃないか何度でも聞けば良いから」

「え、いや別にそこまでしなくても、」

「お前の面倒を見るのは親からも頼まれたしな」

「先輩。それは本当に気にしなくて良いですからね?マジで。駄目ですよおばさんの言う事真に受けたらー。……でも、ありがとうございます」


怒ったように口を尖らせながらも嬉しそうに後輩は笑った。その表情に鬱屈さは無いし、より明るさが増したように思う。少し前から感じていた自信の無さを少しでも払拭できたのであれば嬉しい。


またケータイへ目を落とした後輩が、画面を見て短く声を上げた。電池が切れたらしい。真っ暗な画面を眺め途方に暮れている。残念ながら俺と機種が違う為充電器は貸してやれず、明日伊織にでも取りに行かせる事にして諦めさせた。


迷惑ばかり掛けると項垂れた後輩の頭を軽く叩いてテーブルのカップを手渡す。だいぶ冷めてしまったが寝付け前だ。そこまで悪くない筈。大人しく飲み出したのを見下ろして俺もカップに口を付けた。


穏やかな空気を感じながらふと、自分に掛けられた言葉と、漏れ聞こえた母親との会話を思い浮かべる。当然と言えばそうだが、俺と話す時と違って遠慮の無い問答をするものだな、という印象。そして身内は勿論。故郷の友人達とは気兼ね無く本来の口調で話しているのだろうと想像し、少し、羨ましく感じた。
その感覚から、自分に対してもっと。より頼り、より親い者だと思ってほしい。そう望んでいる事に気付く。後輩に対しての欲求が、多い。何故そんな感情がわくのか。――それは過ぎた加護欲が勝手に働いての事だろうと無理矢理思考を断ち切る。


断ち切った、つもりなのに欲がわく。方言は、やはり可愛いと感じるしもっと聞きたい。もっと話してほしい。もっと自分に本来の姿で接してほしい。
考えれば考える程何かの深みに嵌まる感覚。覚える言い知れぬ焦燥感。最近、後輩の事を想うとあまり掘り下げたくない躊躇いと、いい加減向き合わねばならないという切迫感に苛まされる。
だがもう少し。もう少しだけ。


緊張が解け眠気が襲ってきたらしい後輩が舟を漕ぎだした。その肩を引けば何の警戒も無く寄り掛かってくる体温。それが何にも変えがたいと感じているとは、よく分かっている。しかしそれが何かを知れば、何かが崩れる気がする。……いや、もう崩れ掛かっているのかもしれない。それでも、今は未だこのままで。


あどけなく微睡む頬を撫でながら、どうしようもなく胸が締め付けられる感覚に、苦く苦しく口角を上げた。





名付けたくない感情









贈り物
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